2013年5月 ブログトップ
5月31日(金)
 梅雨の合間ですが、今日は晴れるといいます。 厚木でも陽射しが眩しい朝を迎えました。
 いつも忙しい月末です。 ゴールデンウィークで始まった5月ですが、長崎への旅行もあり、楽しい一ヶ月でした。 おわり

5月30日(木)
 今日も雨模様。梅雨だから仕方が無い。でも不思議と通勤時間は止んでくれる。ラッキー
 またもや、驚くべきニュースが流れていました。 『妊娠中、競技用自転車にはねられけが…損賠提訴』というタイトルです。 競技用自転車、つまりピストバイクを運転していて歩行者をはねてしまったという事故に係わるニュースです。 はねられた妊婦が無事出産はしたが、治療費と精神的被害を訴えて訴訟を起したというニュースです。 驚くのは、この事故が不起訴となったということです。
 ピストバイクは、ブレーキが付いていないということから、道路交通法では整備不良車となり、運転すれば道路交通法違反となります。 その違反行為が不起訴だというのです。治療を必要とする人身事故を引き起こしているというので、まったく理解を超えています。 しかも、被害者は妊婦です。この少子化の時代に子供を生んでくれる貴重な女性です。 少子化ということを考えると、近くを通るだけで気遣いするべきだと思います。 そういう必要な気遣いをしないところか、傷付けたのがこの事故の犯人です。 そういう、明らかに思いやりが欠けた犯人と分かっているのに不起訴にしたのです。 事情がどうであれ、私はこの裁判の原告を支持します。
 さて、問題のビストバイクですが、少し調べると2007年には既に問題とされていました。 5年経ってもまだ行政が追いついていないという実態が浮かび上がってきます。 本当は技量が必要なのに、ファッション感覚で乗っているという話題も見かけます。 マスコミの問題をよく話題にしますが、なぜこういうところにはスポットしないのでしょうか。 不思議です。
 ピストバイクの語源を考えるとその馬鹿さ加減が良く分かります。 ピストは、フランス語のpisteで元々はゲレンデのスキーコースという意味だそうです。 ベテランのスキーヤーに言わせると違うのかもしれませんが。 でも、スキーをやらない私にとっては、ブレーキの掛け様が無いスキーコースという意味が見て取れます。 まさにブレーキを掛けれない自転車ということだったのですね。 そんな恐ろしい自転車にファッション感覚で乗る人の気が知れない。 本来の目的で利用しているスポーツ自転車愛好家からも嫌悪の声が上がっているそうです。 常識で考えて欲しいものです。

5月29日(水)
 関東地方も梅雨入りしました。例年より10日早く、昨年より11日早い入梅だというです。 一日中雨の予報で降っていましたが、通勤時間帯には止んでいるラッキーな日でした。
 昨年より11日早いといえば、丁度孫が生まれた頃が入梅だったのですね。 それどころではなかったので、殆ど記憶もありません。

5月27日(月)
我が家初の梅酒作り  一昨日の庭の手入れの時に、庭で育った梅の実を採りました。 例年は、熟れる頃に落ちてしまうので、今年は少し早めに採りました。 土日に準備をして今日、梅酒を漬けました。
 私は甘い梅酒は苦手です。調べると砂糖を減らしても出来るといいます。 しかし、その場合は、3年ほど寝かせる必要があるそうです。 そこで、普通に作る梅酒と砂糖を減らした梅酒の2本立てです。
 1.5kg程採れたので、傷が少ないものを選んで、500gづつ2本です。 お酒は、焼酎よりもブランデーが良いかな。 砂糖は、400gと150gで試して見ました。 半年後、3年後が楽しみです。
 また悲しい事故のニュースです。 『関越道で事故、ハーレーに乗った79歳の男性死亡』というタイトルでした。 高速道路でサイドカーを運転していた方が無くなったという事故です。 サイドカーに乗っていた方は軽症だったといいます。 つまり、サイドカーを付けたバイクを79歳の男性が運転。 バイクに付けたサイドカーにも人が乗っていたというのです。
 サイドカーなので、二人乗りとは少し違います。 でも、最近の法改正で高速道路の二輪車の二人乗りは出来るようになったばかりです。 そして、その二人乗りは年齢と免許歴に制限を設けています。 つまり、ある程度の技量がある事を前提とした許可事項なのです。
 もう何を言いたいか分かったと思います。 免許取立ての事故は防いでも、高齢者の事故は防がないのか。 今回も79歳という高齢者の事故でした。不幸中の幸いにも同乗者は助かりました。 でも、起きるべくして起きた事故だと感じませんか。 何とかしてもらいたいものです。

5月26日(日)
茶毒蛾の幼虫  隣のお宅から、有益な指摘を頂きました。 敷地の境に植えている椿の葉に茶毒蛾の幼虫が居るというのです。 居るというか、「居たから駆除しました」と親切な話でした。 でも、駆除したら終わりという話では有りません。
 茶毒蛾は、名前の通りに毒蛾です。 成虫も幼虫も触れると命に係わる危害を受けるというのです。 右の写真がその幼虫を捉えたものです。 所謂毛虫ですが、その毛は、毒針毛と呼ばれていて、触ると皮膚に刺さります。 触らなくても、風に飛ばされて浴びる可能性があるというのです。
 調べると、その毒針毛を浴びると、2、3時間すると赤く腫れてくるそうです。 この1回で高齢の方などで死亡例があるそうです。 でも、怖いのはその後です。一度浴びると抗体が出来るそうです。 この抗体が2回目以降にアレルギー反応を起すというのです。 つまり、1回目より2回目、3回目がだんだん症状が酷くなるというのです。 こうなると本当に命が係わる害虫だということになります。怖い話です。
 そういうことで、今日は念入りに駆除しました。 自分自身が浴びる可能性もあるので、本当に緊張の時間でした。
 またネットで妖しいニュース記事を見つけました。 『ロンドン英兵殺害、立ち向かった女性 容疑者に「もうあなたの負けよ」』という記事です。 ロンドンの路上で英兵2名を殺害した犯人と対峙した女性の話です。 タイトルの通りに果敢に立ち向かったという話です。
 このニュースの問題点は分かりますか。 このニュース記事の後半にはこう書いてありました。「犯人は駆けつけた警察官に射殺された」と。 つまり、射殺されるほどに危険な犯人に立ち向かったというのです。 これを賞賛する記事に私は驚きを覚えました
 これがテレビドラマだったら、お決まりの文句が付いてくるはずです。 「良い子は真似してはいけません」と。 この記事は、偶々被害に遭わなかったラッキーなお話だったのです。 それを賞賛してしまうと皆が真似をしてしまいます。 そうやって被害者が出たら誰が責任を取るのでしょうか。 まったく、何も考えていないマスコミには困ったものです。

5月25日(土)
 先週末から長崎に帰った報告をしました。 その前の週末に間違えてゴーヤーを買っていました。 数年前からグリーンカーテンに取り組んでいます。 今の家は、大きなリビングが南際に大きな窓を開けています。 入居当初から大きなスダレで遮光はしています。 しかし、折角の庭が遮られてモッタイ無いという状況でした。 でも、昨年まで、大きく育つことは無く失敗に終わっていました。 今回は、厚木市温水の夢未市に安価に出ていたので思わず買ってしまったというのが間違いでした。 それで、植え替えずに放置してしまったのです。
 2週間が経ち、既に蔦が伸び始めています。 それどころか、花まで咲いています。そういうことで、慌てて植えることにしました。
 リビングの窓の外に大きなスダレがあります。その前面に蔦植物用の網を張って沿わせます。 庭の向こう側には、キュウリを植えて、少し小さめの網を広げる。 これが、一昨年から取り組んでいるやり方でした。 そうやって、ゴーヤー用の網を広げて出来たと思ったら、網が小さい。 間違えてキュウリ用を張ってしまったのです。残念。
 結局、網を張り替えて、ついでにキュウリ用も張ってしまいました。 キュウリはまだ伸び始めたばかりで、まだまだ網まで届いていません。 しかし、ついでの作業が簡単でした。 一気にこの季節の作業を終えた一日でした。

5月24日(金)
 また、ニュースの記事が続きます。 『奈良市:ごみ焼却施設に監視カメラ 職場「中抜け」対策』という記事です。 今年の4月9日の記事に書きました。 奈良市は、橋下市長が苦労されている大阪市と同じ様な問題を持っていると。 その時は内容は、タイムカードの代打ちによる勤務時間偽装という違法行為に対する対策でした。 タイムカードに静脈認証を導入しようとして、職員組合の猛反発があったという記事でした。
 今度は、監視カメラを取り付けて監視しようというのです。 今回は、防犯対策も兼ねていると説明している。 そのせいか、職員組合の反発は報道されていません。
 いずれにしても不思議な世界です。 早稲田大学の教授のコメントが信じられません。 「コンビニエンスストアなどにカメラはありふれ、感覚がまひしがちだが、穏やかな世のあり方と思えない。 職員自身が襟を正す取り組みが求められるが、市側にも運用のルール化が必要ではないか」と解説している。 この解説こそが本末転倒だと感じるのですが、どう思いますか。

5月23日(木)
 『「外れ馬券も必要経費」課税5200万円に減額』というニュースが流れました。 馬券のニュースと聞いて、少し興味を持ちました。富士通に入社してずっとトータリゼータを担当したので。 それで、「必要経費」とか「課税減額」と経済用語が出てきたのでさらに興味を持ちました。 競馬で稼いだ人の脱税事件の裁判でその人が勝訴したというニュースでした。
 簡単に仕組みを説明します。その人は、3年間の間、競馬予想ソフトを使用して投票を続けた。 その結果、約30億1千万円の配当を手にしたというのです。 所得は、その勝ち馬券の購入費用の1億3千万円を経費として、課税収入額が約29億円とされた。 その結果、5億7千万円が課税されたが、納税が無いので脱税とされた事件です。 裁判では、外れ馬券の購入費用が経費として認められるかどうがが争点だった。 そうして、必要経費と認められて、税額を5200万円まで減額したというのが、勝訴の内容でした。
 その結果、所得とされたのは、1億4千万円だというのです。 私が一番興味を持ったのは、勝率でした。競馬って、3年間で1億4千万円も稼げるのですか。 投入した資金が28億7千万円、残った金が1億4千万円だというのです。 4.9%です。年率にすると1.6%ですね。額は凄いですが、利益率で考えると大したことは有りませんでした。
 昔、トータリゼータを担当していた時に、回収率として話題にしたことはあります。 要するに、日本中央競馬会などの主催者が25%の経費を差し引いて勝ち馬券に配当します。 だから、無作為にかつ相当回数の投票をした場合の最大回収率は、75%の配当率となるはずなのです。 この数値は、例えば、そのレースに投票したのが自分だけで、全て勝ち馬に投票した場合の話です。 それでも75%です。実際は外れ馬券を買うのですから、原理的には浮きません。 それを予想によりプラスに転じることが可能かどうかというのが、その時の議論です。 仕組みそのものは簡単です。そのレースの出場馬を見るのです。 今までの戦績、直前の戦績、そのコースとの相性、一緒に走る馬との相性。 でも実際に予想するのは難しい。 暫くチャレンジしたのですが、あるデータを眺めるだけで、1日に10から12あるレースの1レースを予想するのが精一杯です。 しかも、簡単に外れてしまいます。
 そういう意味では、プラスに転ずるソフトは偉大だと思います。 しかし、その議論した頃の結論は、そういう方法があっても相当な資金投入が必要ということです。 今回の様に10億円単位の投資で初めて1%を越える利益率が出せると。 やっぱり、割りに合いませんね

5月22日(水)
 いよいよ厚木に帰る日になりました。 予定では、住吉バス停から道ノ尾経由で大村空港に向かうつもりでした。 でも、昨日の散策で県営バスの昭和町経由のバスも住吉バス停から出ていると分かりました。 しかも、弟の家からは、長崎バスよりも県営バスのバス停が近いのです。 早速、ネットで時間を調べると、少し早くなって丁度良い時間の便がありました。 早速予定を変更しての移動開始となりました。
 ここで問題なのは、なんで行きも帰りも予定変更となったかです。 長崎バスと県営バスは、地域に密着した企業なのでしょうか。 普通に調べると両者を比較するのが分かり難いのです。 今回は、結果的に良い方に変更できました。 しかし、チャンスを逸することもあると思います。 是非、考えて欲しいものです。
 帰りの飛行機は快適でした。 今回は、ゴールデンウィーク直後というタイミングのせいでしょうか。 前方左側の窓際が空いていました。勿論、予約の段階でです。 そうして、昼間の移動だったので、陸地がよく見えました。 関門海峡、瀬戸内大橋、淡路島、渥美半島、富士山と伊豆半島。 長いはずの道中がまったく時間を感じさせませんでした。 トップページに関西国際空港の写真を掲載しています。
羽田空港に到着 ANA664便  今回の飛行機は、ANA便です。長崎に向かった時は、ソラシド航空の飛行機でした。 同じ、ANAで購入できるのに、機体がまったく違います。 機体が違うというか、サービスがまったく違うのです。 一番違いを感じるのは、機内の音楽サービスです。 自分の携帯プレーヤは持って行っていますが、離着陸時は聞けません。 そんな時に寂しいものです。それに映像サービスも有りません。
 実は、LCCという言葉が流行っています。格安航空会社という意味です。 ところが、日にちにも依るのですが、ANAもソラシド空港と同じ料金で乗れるのです。 今回がそうです。行きも帰りも同じ値段です。 しかし、行きは音楽も映像も無し。帰りは快適な機内サービス。 不思議世界です。
羽田空港の神秘  羽田に着いて、丁度お昼を過ぎた時間でした。 展望デッキに行って昼食を食べようと向かいました。 そこでチョット階下に用事があったので、家内を残して降りていきました。 6階の展望デッキと1階の到着ロビーを往復したのです。 降りる時に、その接続の悪さにビックリです。 エスカレーターの降り口と乗り口が接続していません。 アッチに行ったりコッチに行ったり、大変でした。
 そういうことで、仕方が無く、普段は使わないエレベーターに乗ろうとしました。 その入り口が右上の写真です。そこで乗ろうとしてもっとビックリさせられました。 入り口にこう書いてあります。
当エレベーター混雑時は、高齢者等を優先とさせていただいています。 なお、お急ぎのお客様は後方のエスカレーターをご利用下さい。
 驚きです。しかも、呼び出しのボタンが見当たりません。 まったく乗せようと考えていないようです。 一つのエスカレーターに乗るだけなら何も問題は有りません。 しかし、いくつかのエスカレーターを乗り継ぐ場合は相当に不便な作りとなっているのです。
 私は元々、5階くらいの階段は、エスカレーターを使わずに階段を使います。 素直に上がれる階段を用意してくれていれば問題ないのに。 あるのかも知れませんが、どこにあるのか分かりません。 想定外だと言うかも知れませんが、腹立たしくて堪りませんでした。

5月21日(火)
 昨夜、長崎に戻って、今日は一日中長崎でゆっくりした日を過ごしました。 2ヶ月前から予約をして安い航空券で来たので、予約の段階では予定がハッキリしませんでした。 そういうことで生じた空白期間です。 でも、生まれ故郷でゆっくり過ごせる時間なので、タップリと楽しみました。
 私の姉は、私の生家があった道ノ尾の近くに住んでいます。 午前中から姉の家を訪ねた後、道ノ尾の周辺を散策しました。 その後、弟の千歳町までの移動となるのですが、大した距離では無いので、徒歩で移動を始めました。
長崎 六地蔵  私の生家である道ノ尾から長崎に向かっての移動ということになります。 鉄道に沿って歩くと急な坂を上って峠を越えます。100m程度の坂なので大したことはありませんが。 その峠を越えると六地蔵の坂を下るという言い方をする坂があります。 その先を下った所が六地蔵という場所です。 私が子供の頃は、丁度のその六地蔵の所から商店街が始まって道が狭くなっていました。 今は、赤迫まで道路が拡張されていて、商店街はなくなっています。
 子供の頃にじっくりとみたことは有りませんでしたが、右上の写真がその六地蔵です。 今のカメラではパノラマが簡単に取れるので、一連の地蔵を並べて撮ってみました。 右半分に地蔵6体が並んでいますので、六地蔵は右半分でしょう。 詳しくは調べませんでした。
 六地蔵を過ぎると、赤迫までは特に印象に残るものはありません。 長崎市街地に向かって道路の右手に長崎本線が通っています。土手の上を走る鉄道というのが、若干印象的かも。 長崎本線と思わず書きましたが、正しくは長与線という支線です。 市布線が出来て本線を譲ったのです。昔は寝台特急のサクラ号も走っていたのですが。
 暫く歩くと赤迫という場所に着きます。 全国でも少なくなったちんちん電車の始発駅がある場所です。 長崎のちんちん電車は、浜の町の繁華街では、どちらかというと縦横に走っています。 しかし、この赤迫は、長崎駅から長い一本の路線の終着となっています。 そういう意味でまた終着駅といった印象が強い場所です。 もっとも、私達が子供の頃は、「赤迫まで出てから電車に乗る」と言って、始発駅という見方をしていました。 意味合いは一緒ですが
長崎 住吉神社  赤迫からお店や住宅が増えてきて、昔から街だった住吉という町に辿り着きます。 住吉からは、弟が住む千歳町を始め、いろんな町が繋がりあった繁華な町となっています。 道ノ尾から移動してくると、ここからが街になるといった場所です。
 子供の頃から身近な街でしたが、名前の由来である住吉神社には行った事はありませんでした。 良い機会だったので、境内の中まで入ってみました。 境内には「住吉神社御由緒」という看板が立っていました。 達筆な手書きの看板で読み難い所もあります。 でも、腹立たしい状況となっていました。真ん中に穴が開いているのです。 誰かが棒で突っついて、5cm程度の穴を開けているのです。 まったく迷惑な状況でした。
 いつもの様に書いてある事を少し説明しておきます。 鎮座という説明がしてありましたが、出来たのは徳川三代将軍の時代だとか。
 朝鮮半島征伐の神助を得んために祀られたもの。 長崎の海の玄関(のひとつ)として栄えていたころ、長崎に至る宿場町として住吉神社の信仰の程が考えられる。 昭和20年の原爆で倒壊。御神体が見付からず、大阪の住吉神社から頒けみたまを受け奉祀す。 その後老朽化が進み、自治会によって平成3年に再建された。
 住吉神社をWikiで引くと全国に約600社有ると記されています。 その一部が記載されていますが、流石に長崎の住吉神社は記載されていませんね。 少なくとも長崎市北部で住吉神社というと、ここしかないのですが。

5月20日(月)
史跡 泉福寺洞窟  昨夜は、家内の実家に泊めていただきました。 家内の実家の直ぐ近くに泉福寺洞窟という史跡があります。 朝から時間があったので、少し散策に行ってきました。 この史跡は、世界一というとても貴重な遺跡であることが現地の説明文から読み取れます。 その説明文から少し引用いたします。
 1969年に地元の大野中学校の生徒が発見した洞窟遺跡。 烏帽子岳から広がる丘陵の北西先端部に位置し、標高90mの砂岩路頭の南側に開口している。 約2万年前の旧石器時代から縄文時代、弥生時代、平安時代の生活の跡が残っていた。 一番下の地層から出土した豆粒文土器は、1万2千年前のもので世界最古です。
 如何でしょうか。世界最古の遺跡なのです。右上の写真は、その一番特徴的な眺めです。 佐世保においでの際は、是非、見学して下さい。 松浦鉄道の泉福寺駅から歩いて10分程度の場所です。
 お昼ごはんの時間に、曾爺ちゃんがいろいろと古い話をしてくれました。 特に、心に残った話をここに記録しておきます。
 昨日、長崎から佐世保まで車で移動してきました。 西海橋を越えた後、針尾という場所で左手に大きな三角錐の塔が3本建っていました。 三角錐といっても細長いので、なんとも不思議な塔でした。 その話を曾爺ちゃんにしたら、それが何なのかを教えてくれました。 この塔は、電波塔だというのです。それも戦時中に通信に使用していたものだというのです。 驚くべき話は、あの真珠湾攻撃の指令を送信したのが、その針尾の電波塔だというのです。 これぞ歴史!生き証人!という感じのお話でした。
 上で説明した泉福寺洞穴についても面白い話をしてくれました。 大昔は、洞穴のところが海岸線だったというのです。 でも、この説明には尾ひれがついていました。 「誰も見たことはないというので、本当かどうかは分からん」というのです。 曾爺ちゃんの推測ではないことは分かります。結局、誰が言ったのかもよく分かりませんでした。 笑い話だったのか、学説の一つだったのか。 実際に行って見ると海岸から随分と離れていて、さらに丘に登ったところに有ります。 どの位遡れば海岸になるのかなと思わせる場所ではあります。 しかし、泉福寺洞穴に掲示されていた説明文によると標高は90mといいます。 それほど標高は高く無いので、意外と事実なのかなと考えさせられてしまいました。
 お昼から佐世保を後にして、長崎に向かうことにしました。佐世保駅から長崎駅に向かいます。 神奈川では、鉄道はSUICAを使って利用しています。 全国で共用利用が出来る様にするというのは最近の話題でした。 期待はして居なかったのですが、いざ、この地に来てどうかということが気になりました。 そこで、佐世保駅の窓口で聞いてみました。 すると、「まだ(利用できる地域が)佐世保までは来ていません」との回答でした。 長崎駅から大村線の竹松駅までが利用できる。 しかし、その次から佐世保駅まで、さらに松浦鉄道には利用出来ないというのです。 まあ、それはそれで仕方が無いなと諦めました。
JR佐世保駅にて  そうやって佐世保駅の改札を通って、見かけたのが、右の売店でした。 全国的にも名が知れた佐世保バーガーのお店が改札の中にあったのです。 昼食は済ませていたので、佐世保バーガーを食べたいとは思いませんでした。 しかし、そのお店の看板に目が留まりました。 「SUICAポイントがつきます」と見えたのです。 アレッ、SUICAでの乗車は出来ないのにお店で使えるのかな。そう考えて不思議に思ったのでした。 よく見ると見間違いだと分かりました。 「SUGOCAポイントがつきます」と書いてあったのです。 SUGOCAカードをSUICAカードと見違ったのですね。 だから、関係ない話だったのですね。
 でも後で考えたら、不思議な事だという事が分かりました。 SUGOCAカードは、SUICAの九州版です。 SUICAと同様に使えるのは、長崎駅から竹松駅までの区間です。 佐世保駅では使えません。それにも係わらず、佐世保バーガーには使えるというのです。 佐世保を出発して気付いたので、真偽のほどは分かりません。 それでも、不思議なことでした。

5月19日(日)
 朝から長崎を出発して、家内の両親がいる佐世保に移動です。 ここでは、孫の目を通してという意味で曾爺ちゃんたちと呼びます。
 今日の昼食は、大勢の会食となりました。 曾爺ちゃんが親戚にもひ孫の顔を見せたいと考えてくれました。 丁度、今年は曾爺ちゃんのお母さん、つまり家内のお婆ちゃん、孫から見て曾々お婆ちゃんの50回忌にあたるというのです。 そこで、親戚を50回忌で集めて、曾孫を紹介するという趣向で会食を準備してもらいました。
 会場は、九十九島観光ホテルでした。 実は、この会場が決まるにあたって、大きなトラブルがありました。 今日の娘夫婦の宿泊は、この佐世保で由緒ある 弓張が丘ホテルというホテルでした。 曾爺ちゃんがホテル代を出してくれるというので、私が神奈川からネットを使って予約しました。 その後、この50周忌の話が出てきて、会場も弓張が丘ホテルという話で調整を始めました。 4月後半の話でした。弓張が丘ホテルからどうなっているかの問合せがあり、曾婆ちゃんに連絡しました。 曾婆ちゃんの返事から、今週中にも訪問して予約をしますとの話をメールで弓張が丘ホテルに回答しました。
 これで順当に予約が完了すると思ったら大間違いでした。 訪問する前に曾婆ちゃんが電話で確認したら、満室で予約は受けれないというのです。 そこで慌てた曾婆ちゃんは、即座に別の会場として、九十九島観光ホテルを予約してしまったのです。
 後で確認しましたが、弓張が丘ホテルの担当同士の徹底がされていなかったのです。 私は、曾婆ちゃんが高齢者ということ、氏名、会員であることなどをお知らせしていました。 そうして、間も無く連絡をする予定であることを知らせていたのです。 それにも係わらず、肝心な連絡の時に本人の確認をしないまま、断わってしまったのです。
 後で事実を知らされたのですが、どうしようもありません。 それ以上に、曾婆ちゃんの気持ちを察して何も言いませんでした。 こんな仕方が無いことで、心配を掛けたくなかったからです。
 丁度、女優の松下奈緒さんが京都の旅館で苦労しているドラマが放送されています。 そのドラマの1シーンを見た様な感じを受けました。 当事者でなければ、おもしろい出来事だったということですね。
九十九島クルージング  そんなこんなで大勢を囲んでの50回忌は、滞りなくとり行われました。 一番楽しそうだったのは、曾爺ちゃんでしたす。 流石に、集まった方々の中でも一番の長老です。 いつまでも元気で過ごしてもらいたいものです。
 50回忌が終わったら、九十九島クルージングです。 ホテルの名通りに、直ぐ前の海岸が九十九島に繋がっています。 歩いて行ける所に観光船の船着場があります。 近い家族の皆で、観光クルージングを楽しみました。
 時間の都合で乗ったのは、パールクイーンというクルーザーです。 もう一つ、海賊船海王という船もありました。 上の写真は、降りた後に並んだ両方の船の写真です。
 クルージングの間は生憎の天気。霧とか靄が掛かって視界は今ひとつでした。 でも、九十九島という島々の雰囲気を楽しむことは出来ました。
 50回忌、クルージングと慌しい時間を過ごしました。 間も無く1歳の孫には、少々過酷な行楽だったでしょう。 船上では楽しんでいましたが、早めにホテルに入ってもらいました。

5月18日(土)
紅山楼でチャンポン  長崎で、娘家族と合流しました。 娘婿も子供の頃に来たことがあるという程度で、殆ど初めてだと聞きました。 そこで、早速お昼は長崎チャンポンです。 長崎で居酒屋をやっている弟に評判を聞いて、今回は紅山楼のチャンポンを頂くことにしました。
 2年前に四海楼のチャンポンを頂きました。 その時は、私が子供の頃から食べているチャンポンに比べると違った味だと説明しました。 2年前の7月11日の記事です。 その時は、牛乳味がするホワイトソースと表現しています。 でも、紅山楼のチャンポンはまた違った味でした。 チャンポンのスープを白湯スープと呼ぶのは語弊はあるかも知れませんが、敢えてそう呼ばせて戴くと。 四海楼のチャンポンは、牛乳味のホワイトソースに対して、紅山楼は牛乳味の白湯スープといった感じでした。 グルメでは無いので、勝手な意見と聞き流してください。
 そうやって、娘家族と家内の5人で楽しい昼食を頂きました。
長崎 出島  その後は、娘婿を中心に長崎観光です。とは言っても、私自身も殆ど観光したことが有りませんでした。 特に、昨年あたりからイベントで賑やかな出島は初めてでした。 右の写真は、出島の中に設けられた江戸時代当時の出島の模型です。 現在も建物が復元されていて、町並みを楽しむことが出来ます。
 何よりも、今は陸地の真ん中ですが、これが海岸から飛び出した出島だったというのがよく分かりました。 出島と海岸の間の部分は、今は大きな川が流れています。 「ここに出島に渡る橋があったのだ」と関心しながら観光しました。
長崎26聖人の記念碑  その後、原爆資料館平和記念像を見学して、娘家族の長崎観光を終えました。 長崎駅近くのホテルに娘家族を見送ってから、長崎駅周辺で少しだけ私だけの観光をしました。
 右の写真は、カトリックの殉教者を記念した長崎二十六聖人の記念碑です。 江戸時代のカトリック教徒迫害の中で、特に際立った悲劇を記念したものです。 26人の日本人が迫害で処刑されました。一番若い子供は12歳だったというのです。 12歳、13歳の子供を始めに26人が引き回しの上、処刑されたのです。悲しい史実でした。
 この26聖人記念碑の裏手に26聖人教会があります。 私が小学校の頃、日曜日の朝のミサに出れなかった頃に、よく来ていました。 日曜日の夕方のミサがあったからです。長崎駅を出て、左手の丘の上にあります。 その道を歩いて、40余年昔の思いに浸りました。
癒し酒場 あな蔵  夜は、長崎の親戚が集まってくれました。 会場は、弟のお店「癒し酒場 あな蔵」です。 長崎に居る私の兄弟とその家族、それに母方の叔母が集まってくれました。 楽しい時間でした。

5月17日(金)
 孫が長崎に行っているので、私も今日の午後に出発して長崎に向かうことにしました。 私の両親は亡くなっていますが、家内の両親は健在です。 また、私の母方の叔母も健在なので、是非孫の顔を見せたいと思っていました。 それぞれの兄弟親戚に声を掛けて寄り集まるという催し物となりました。
 そういうことで、会社の同僚に無理を言ってお休みを頂きました。 一応、午後一番の私の担当業務があるので、そこまで実施してから会社を後にしました。 家に着いてから、出発の準備です。 ある程度は昨日の内に準備していたのですが、まだまだいろいろと持ち帰りたいものがありました。 そんなこんなで支度をしていたら、何と予定の時間のバスに乗り遅れてしまいました。 元々の予定とそれに乗り遅れた時の為のスケジュールまで準備していたのに。
 仕方が無いので、タクシーを拾おうと携帯を操作しながら、バス通りを歩いていたら、ラッキーにも空車のタクシーが通りかかりました。 これは助け舟と早々に止めて乗り込みました。本厚木駅までの乗車です。 降りる時にチョットした事件がありました。 運賃は、1,340円でした。千円札が無かったので、1万円札と500円玉でおつりをお願いしました。 そうして頂いたおつりを数えるとアレッ?8,000円しか無いぞ。つまり千円札8枚と160円です。
 単純に8,660円の頭で数え間違ったのかもしれません。 でも、乗っている間に飛行機に乗るスケジュールでバスに乗り遅れたことを話しました。 勘ぐっては失礼ですが、急いでいるなら数えないと思ったと考えてもおかしくは無いと思いました。 同じ間違いでもタイミングが悪いですね。(失礼)
京浜急行のホームにて  そうやって、本厚木から羽田空港、長崎の大村空港、長崎の弟の店というルートで移動を開始しました。 途中の京浜急行の横浜駅で気に掛かることがありました。 元々、通勤電車に並んで乗る習慣が付いていましたので、どこに並ぶべきか確認しようとしました。 京浜急行横浜駅では、「快特」と「急行」の二つの乗車目標があり、それぞれ2列に並ぶ様に表示されていました。 ところが、ホームに着いて直ぐの所には、二つの乗車目標に1列づつで並んでいます。 私が並ぶのは、エアポート急行なので急行の列です。どう並んで良いやら悩みます。 仕方が無いので、並んでいない乗車目標に並びました。
 その後、普通と快速をやり過ごして、エアポート急行を待ちました。 ところが、先に付いた快速が私の目の前に乗車口を着けました。 快速の列に並んだ方々が私の前を通過して乗って行きました。 次にエアポート急行が付きましたが、今度も私の前を通り過ぎてずれていました。 何なのでしょう。乗車目標は通勤時間帯のみが有効なのでしょうか。 でも、みんな並んでいますよ。京急さん、大丈夫?
大村空港に到着 SNA039便  夕暮れの飛行機は久し振りでした。 トップページに夜景を掲載しましたので、ご覧下さい。 本当は、綺麗な夕日の撮影ができたはずだったのですが、出発が遅れたようです。 長崎には20分ほど遅れて到着しました。
 弟の住まいは、長崎市の千歳町というところです。大村空港からバスに乗っての移動です。 事前に調べたら、千歳町を通る、道ノ尾経由のバスルートが新設されていました。 でも、時間の接続がよくありません。道ノ尾経由の発車まで1時間あります。 長崎駅行きは直ぐなのですが、長崎駅で1時間待ちとなります。 長崎駅行きバスの発車時刻は過ぎていますが、飛行機に合わせて今からの発車です。 長崎行きバスの運転者に聞くと、その運転手は県営バスの運転手。 道ノ尾経由は長崎バスなのでよく分からないとのこと。
 そこで閃きました。長崎駅行きは、長崎バイパスを過ぎた昭和町バス停で止まります。 昭和町から千歳町までなら歩いてもたかが知れている。1時間待ちに比べれば楽なものだ。
 そうやって昭和町バス停で下りました。直前まで本を読んでいたので、バス停の場所が分かりません。 千歳町に曲がる交差点の先か手前か分からないのです。 仕方が無いので、手前で降りたことにして歩き始めました。 間も無く、知っている交差点に差し掛かりました。行き過ぎです。あ〜ァ! まあ一時間は掛かりませんでしたが。余分に歩いたことは確かでした。 そうやって弟が住む、弟の居酒屋に到着できました。
 弟の店は、癒しの居酒屋 あな蔵といいます。 今日は平日なので、普通にお客さん達がいらっしゃいました。 でも、思い掛けない事に私を待っている方がいらしたのです。 中学時代のクラブの1年上の先輩がたまたま私が帰ってくる事を聞いて待ってくれていたのです。 しかも、事前に聞いてではなく、たまたま来店してくれた所で聞いたというのです。 もう20年ぶり位の久し振りの再会でした。 移動の疲れも何のその。昔話に花が咲きました。

5月15日(水)
 家内が居ない生活で、好きなものを食べれると楽しみでした。でも、大きな誤算でした。 家内が作った料理の残りが沢山あります。 捨てる訳には行きません。昭和世代の悲しさかな。
 人間ドックの病院を変えようとしている件について、問合せの回答が届きました。 まずは、問題の仁厚会病院の回答です。 簡単な回答でした。「契約の健保では、胃カメラ検査は受けれません。検査は有料となります。 それでも画像の提供も出来ません。」とのことです。 これでとりあえずは一安心です。
 次がヘルスケアクリニック厚木からの回答です。 胃カメラの画像は無料で提供してくれるというので、早速予約をしました。 これで、東名厚木病院との決裂は決定的かと思われました。 しかし、暫くすると、ヘルスケアクリニック厚木から電話連絡がありました。 驚きの内容でした。ヘルスケアクリニック厚木も仁厚会病院と同じだというのです。 つまり、私の会社の健保組合の契約では胃カメラは受けれないというのです。
 驚きなのは、胃カメラを受けれないことではありません。 問合せの始めから、連絡の度に健保組合の名前を出して問合せていたのです。 それにも係わらず、予約が完了してから気付いたというのです。 これで東名厚木病院の予約を取消していたと思うとおぞましい程の状況です。 ただでも、2ヶ月以上待たされるのです。さらに伸びたとしたら。(怒)
 それにしても、うまく出来ています。 胃カメラを必要とするなら、東名厚木病院を変える事は出来ないというのです。 それで言いなりの費用を請求されるというのです。しかも、従来の5倍も高い費用を。
 当て付けに今までの経緯を説明しておきます。 1995年頃は、まだ胃カメラは検査していませんでした。 でも、胸のレントゲンの検査で影があるので、二次検査を指示されました。 当時は、富士通健保組合です。組合からは、直接撮影の指示だった様です。 ところが、東名厚木病院は、指示を無視してCT検査を実施したのです。 実施した後に検査料を請求して来ました。健保組合は、指示と異なる検査なので負担してくれません。 つまり、東名厚木病院の横暴で有料検査を受けさせられたのでした。 おまけに、一時検査のミス。つまり何も無かったから、その時も怒り心頭でした。
 2000年の胃の激痛から、人間ドックで胃カメラの検査を受けるようになりました。 2001年に受けた定期健康診断からです。 その頃は、新宿に勤務していたので新宿の病院でした。 新宿の病院では、やはり1,050円で本当のファイルを提供して頂きました。 病院が保存しているフィルムのコピーなので、レプリカと呼んでいました。 そうして2006年に今の会社に転職してから、また東名厚木病院で人間ドックを受ける様になりました。 2007年の定期健診からです。 その時に画像を申し出たら、まだ提供の制度が出来ていませんでした。 だから逆に簡単でした。無料でフロッピーに格納したデータを提供してくれたのです。 それから毎年依頼しています。 翌年からは、整備されて、印刷したものが1,050円、CDに焼いたデータが2,100円という仕組みとなりました。 本当は、データで欲しかったのですが、必要も無かったので、印刷したものを頂いていました。 スキャナーで読み込んでデータとして保存してあります。
 今年の検査から、印刷したものの提供は無くなって、CDかDVDに書き込んだものが5,250円になるというのが今回の話です。 こうしてみると2000年頃には写真提供という仕組みがあって、無料か1000円程度というのが一般的でしょう。 受診は出来ませんが、ヘルスケアクリニック厚木では今でも無料提供といっています。 そういう中で、東名厚木病院の5,250円というのはどう見ても許容できません。
 そこで思いつきました。森の里病院で保険を使って検査を受けて、5000円程度なら多少高くても良いかもと。 そうやって聞いてみたら1万円は掛かるとのことでした。残念。 これでは二進も三進に行きません。振り回されてしまいますね。

5月14日(火)
 家内が娘と孫をつれて長崎に向かいました。 息子と二人の生活が少しの期間ですが始まりました。

5月13日(月)
 先週末に人間ドックの予約をしました。 本日、予約した東名厚木病院から連絡がありました。 別件で問合せしていた回答の連絡だったのですが、驚きの事実が知らされました。
 私は、随分前に辛い胃痛が原因で森の里病院に継続的に見てもらっています。 森の里病院の先生から定期的に胃カメラ検査を勧められます。 しかし、会社の定期健診で受診するので、その画像を持参して診て頂いています。 もう10年以上続けているやり方です。 そうして、今回も胃カメラの画像をオプションで貰うことにしていました。 ところが、昨年まで1,050円だったそのオプションが5,250円になったというのです。 一気に5倍の値段になったというのです。驚きだと思いませんか。
 一番の問題は、東名厚木病院のホームページです。 人間ドックから各オプションまで比較的詳細に説明されています。 人間ドックの費用は、健保組合との契約で決まるので表示通りではありません。 しかし、オプションは自費負担なので表示通りの費用となります。 ところが、5,250円になると言われて見てみると、まだ1,050円と表示されたまま。 要するに実際と異なる費用を表示したままなのです。 それにも係わらず、5倍も高い費用を請求するというのです。 呆れて言葉を失いました。
 調べると、会社の健保組合と契約がある病院は、厚木に3院があると分かりました。 東名厚木病院の他に仁厚会病院ヘルスケアクリニック厚木という病院です。 仁厚会病院といえば、思い出されます。 昨年の元旦に起きたインフルエンザ騒動です。 厚木市の内科の第一位休日当番病院なのに内科医が居ないという病院です。 駄目元ですが、怒り心頭の思いからそこを含めて問合せをすることにしました。結果は明日以降です。結果が楽しみです。 20年位前から人間ドックを受けている東名厚木病院を変える事になるかも知れないのです。 東名厚木病院が望む結果ではないと思いますが。
 ちょっとgooを見ていて、ある意味どうでも良いQAが目に入りました。 『バッチ作成について』というタイトルでした。 てっきり「バッジ製作について」だと想像しながら開いてみました。 すると「特定機能のバッチファイルコーディングする方法」の質問でした。 ピンパッジなどのバッチではなくて、パソコン用にプログラムバッチファイルなのです。
 私が大学院で研究した頃から富士通に入社した頃は、丁度大型計算機の全盛期でした。 だから、バッチの実行という概念が私の知識の根底に流れています。 そういうことで少し思い出しながら調べてみたいと思ったのです。 まず、言葉としてのバッチです。 英語が語源なので、スペルを書いてみると良く分かります。同様な発音で3つの単語があります。 「batch」「bach」「badge」の3つです。 ピンバッジのバッジは、badgeです。だから、バッチというより、バッジが適切な表記となります。 パソコンのバッチファイルは、batchです。bachは、やもお暮らしと言う意味です。 この日本語はまた面白いのですが、ここでは違うので割愛します。 batchを辞書で調べると語源よりもコンピュータのバッチファイルの説明が詳しく書いてあります。 でも、それでは意味が有りません。少し突っ込んで調べましたが、詳しくは分かりませんでした。 でも簡単です。batchとは、元々「」という意味です。 要するに、プログラムの単位を束にして実行する時に、その束をbatchと呼んだという訳です。
 wikiで調べると「バッチ処理」「バッチファイル」といった用語で解説されていました。 でも、wikiを見ると時代を感じさせられます。 wikiを書いている世代は、大型コンピュータが無くなり、殆どがパソコンとなった世代の方々なのです。 だから、事実が少し理解されないままに記載されている様に感じました。 まずは、どう解説されているか簡単に説明してみます。
 「バッチファイル」は主にパソコンで使われる単語。コマンドプロンプトを羅列してあるファイルです。 そのファイルを実行すると羅列されたそのコマンドが順次実行されるというものです。 これに対して、「バッチ処理」は、パソコンではあまり使われません。 一応、大型コンピュータの時代が解説されていました。 誤解を覚悟で極端に要約すると、「スケジュール化されたプログラムの実行」と説明されていました。 当時の大型コンピュータはとても高価で、多くの方が共用で使用しないとなかなか利用できないものでした。 一人の研究者が実行するのが、一つのプログラム。それを束にして投入する。 これをバッチ処理と説明されていました。
 これらの説明は、今の時代には充分かも知れません。 でも、当時を知る者としては言葉足らずが目に付きます。 まず、「スケジュール化されたプログラムの実行」は、wikiでは、そういう意味で「スケジュール化されたタスクの実行」と記載されていました。 タスクの意味を理解されていないのです。昔のアルゴリズムを知らないとタスクの意味は難しいかもしれません。 具体的に説明すると分かりやすいかもしれません。 当時のプログラムの実行は、主にパンチカードを作成して、カードリーダーで投入されていました。 そのカードの一枚一枚は、簡単に言えばタスクの単位なのです。 そして、そのタスクの束がプログラムと呼ばれていました。 だから、バッチを当時の言葉で表現すれば、「タスクの束」となります。 そうして、そのタスクの束の実行方法がスケジューリングだったのです。 当然ながら、他の方のプログラムが終わるのを待って実行するなんて効率が悪い。 だから、バッチ処理は、スケジュールして実行するしかなかったのです。 つまり、正しくは、「タスクの束の実行」であり、「スケジュール化されたタスクの実行」は間違いです。 「スケジュール化された」は結果であり、プログラムという意味の「タスク」でも有りません。
 wiki「バッチ処理」では、反対語としてリアルタイム処理と説明されています。 これこそ当時を知らない方の言葉だということが分かります。 当時は、バッチ処理の反対語はタイムシェアリング処理でした。 私は、TSSという用語で覚えていました。 丁度、今のパソコンの様な形のTSS端末があり、その端末がコンピュータに繋がっているのです。 そうして、その端末の操作をコンピュータがリアルタイムに処理していくのです。 この部分のみを見ると「リアルタイム処理」と見えるかも知れません。 しかし、当時はリアルタイム処理と言えば逐次処理のことです。 例えば、工場の機械を制御する時に発生した事象に合わせて処理を実行する必要があります。 この事を逐次処理、つまりリアルタイム処理と呼ばれていました。 TSS端末の処理は、リアルタイム処理の一つという訳です。 もっとも、大型コンピュータの先端開発を行ったIBMでバッチ処理と呼ばれ始めた頃は、まだタイムシェアリングは開発されていませんでした。 だから、本当の反対語はありません。束にしていれるしか出来なかった次代の束の処理がバッチ処理なのです。
 こう説明してくると、パソコンの「バッチファイル」もおかしな用語である事が見えてくると思います。 カードの束をバッチと呼んで始まったバッチ処理です。 そのカードをテキストファイルの1行のコマンドに置き換えたのが今のバッチファイルです。 正しく表現すると「コマンドを纏めて書いたファイル」のことなのです。 それを「束ファイル」と呼ぶなんて相当におかしなことなのですね。
 上記のTSS端末には続きがあります。TSS端末は、ダム端と呼ばれていました。 キーボードで打った情報をコンピュータに伝える、コンピュータからの情報を画面に表示する。 それしか出来ない端末のことをダム端末(dumb terminal)と呼んだのですね。 その内、ダム端がインテリジェント化してきた。そうやって実現できたのが分散処理。 その端末は、CAD端末などと融合してオフコンとなっていきます。 最終的には、現在のパソコンに統合されていきました。 今のパソコンは、当時の大型コンピュータ程度の能力があります。(超要約版の驚きかも!)
 ここに書いたこと全て、今の時代では変ってしまったこと。 そして、私自身も今現在の用語で使っています。致し方が無いですね!

5月12日(日)
 暖かな日です。久し振りに自転車の手入れをしました。 坂が多くて、今は殆ど乗る機会はありません。 でも、いつかは乗るだろうと、子供たちが使っていた自転車の1台を残しています。 しかし、放置しているとタイヤの空気が抜けてしまいます。 そのままにしておくと、今度はタイヤのゴムが傷んでしまいます。 そういうことで、今日は空気を充填しました。そうやって暫く走ってみました。
 自宅の周りは、本当に坂が多くて閉口します。 でも、富士通に通っていた頃に比べると体力が付いたのでしょう。 殆どの坂は普通に漕いで登ることが出来ました。 毛利台の一番高い所に立体交差の橋があります。そこまで行くと、テスコ跡地が直ぐです。 テスコの前まで行ったのですが、その帰りが辛い。その坂道が一番急でした。 立ち漕ぎしなければ登りません。でも、楽しい疲れでした。
テスコ跡地でビックリ  そのテスコ跡地に行ってビックリがありました。 右の写真がそのテスコの入り口です。小さいので分かり難いでしょう。 書いてあることをここに並べてみます。 「期間限定 さらに安く」「テスコ店長の数量限定おすすめ」「おなじみの定番が毎日安い値」
 閉店して1週間が経つのに、今にも入り口が開きそうな文句が並んでいます。 撤退するのだから、どうでも良いというのは頂けません。 そういうことで、このフォーラムトップでテスコの閉店を紹介することにしました。 そうなんです。閉店した時の案内となっていますが、掲載したのは今日です。 遅い案内ですみません。
 今日、娘が孫を連れてきました。 娘夫婦が孫を連れて長崎に行ってくれるというのです。 孫の移動が一番大変なので、家内が付いて、早めに出発することになったのです。 そういうことで、今日明日は、孫と一緒です。楽しい!

5月11日(土)
 まだ、冬の布団を使っています。でも流石に真冬と同じでは有りません。 掛け布団と毛布のどちらも使える様に置いているのです。 昨日は、掛け布団で丁度でした。でも、今朝は毛布でも暑くて剥いでいました。 暑さ寒さの一進一退。なかなか難しい。

5月10日(金)
 会社から定期健診の実施案内が届きました。人間ドックです。 ここ数年、予約が取れる日が段々と先になっています。 だから、今年は早々に予約を取ろうとしました。ところが既に遅しです。 最短でも7月24日だというのです。2ヶ月以上も先です。呆れるばかりです。
 『成年被後見人の選挙権、公選法改正で与野党合意』というニュースが気になります。 成人した被後見人は選挙権がありません。その選挙権を復活させるというのです。 問題の視点は良いのですが、施策の不味さが目に付きます。
 被後見人から選挙権を無くすのは、理由があります。例えば、財産管理の権利もありません。 それは、判断能力の問題から、財産を失うことを防ぐためです。 被後見人を保護する為に出来た法律です。 でもそう考えると分かり難いかも知れません。私の思いを説明してみます。
 後見人制度は、後見人が被後見人の権利を保護する事を目的に定められています。 例えば、財産です。悪人が騙して財産を奪うことが無い様に、後見人が財産を管理します。 では、選挙権はどうでしょう。確かに、一方的に選挙権を奪っている現在の法律は欠陥があるかも知れません。 しかし、彼の報道が言っているように、簡単に非後見人の選挙権を認めてしまったらどうなりますか。 選挙権の権利は、選挙をする権利では有りません。被選挙人の選択に参加する権利です。 言い方を変えると、「正しい被選挙人を選択する権利」です。 単に選挙権を与えるだけではその権利を守ることは出来ません。
 若し、今報道が言っているような選挙権を被後見人に与えるとすれば相当に大変なことです。 被選挙人を選ぶ能力を付けさせなければなりません。そうしなければ、正しい権利を与えたことにはなりません。 でも、そんなことが出来る訳が有りません。それができるなら、そもそも後見人制度は要りません。
 私は、こう考えます。 確かに、被後見人にも1票の選挙権はあって然るべきです。 でも、その選挙行使能力の問題で、その権利を行使出来ないのです。 でも、そもそも後見人制度の目的を考えると対策は簡単です。 後見人が被後見人の権利を守る行動を取る義務と権利を持っているのです。 だったら、後見人が被後見人の選挙権を行使すれば良いのです。 これに拠って、被後見人の選挙権は守られます。
 今の政治家や行政からこういった柔軟な考え方が出てこないことは寂しい限りです。 その結果、国民の権利が歪められていくのです。 被後見人は、誤った権利を与えられて糠喜び。そこまでならまだ良いかも。 その結果、また無能な政治家が増えていくことになるかもしれません。 それが恐ろしい。そう思いませんか。

5月9日(木)
 『実燃費はカタログの4割落ち、エコカーの実状 自工会がパンフレット作成でクレームに対応』という記事に驚きの事実が記載されていました。 トヨタのハイブリッドを皮切りに、軽自動車の低燃費エコカーが話題となっています。 低燃費なのは確かなのですが、カタログ値に大きな問題があると話題になっているそうです。 タイトルの通り、カタログの燃費に比べて、40%も燃費が悪いケースもあるというのです。
 驚きの事実とは、カタログの燃費は、エアコンやランプなどの電装品を全て切って測定した値だというのです。 その意味することは、電装品を切って走れば、こんなに燃費が良いという意味なのでしょう。 でも、その対象がエアコンやヘッドランプだというから驚きです。 エアコンならまだしも、ヘッドランプだと致命的です。 なぜなら、夜間は絶対に達成出来ない燃費を表示しているということになります。 夜間の無灯火は道路交通法違反です。 違反運転をしなければ達成出来ない燃費がカタログ値だというのです。
 日本自動車工業会は、パンフレットを作成してその批判をかわそうとしているそうです。 でも、勘違いしています。確かに、燃費表示がおかしいという批判が多いのでしょう。 でも、本質的な部分は、そういう問題ではありません。 道路交通法違反を推進する様なカタログを作成しているという点が問題なのです。 是非、その点を考えて対応していただきたいものです。
 指の血豆が大きいまま小さくなる様子を見せてくれません。 仕方が無いので、針を使って血を押し出すことにしました。 これで、早く直ってくれることでしょう。

5月7日(火)
 『「流せる」トイレクリーナー、実は… メーカー改良中』というニュースが報道されています。 商品に「トイレに流せる」と書いてあるトイレクリーナーが実は流せなかったという問題なのです。 報道によると12社の15の製品で合格したのは2社2製品だけだったと言います。 皆さんが使っている製品も殆どが流せない製品だということになります。
 流せると書いてあるのに実は流せない。明らかに不当表示ということになります。 だから、各メーカは真剣に対策を検討している様です。 生産中止のメーカも出るかも知れませんね。
 報道によると、元々現在の便器は、汚物とトイレットペーパー以外は流してはいけないとなっているそうです。 日本トイレ協会の理事が「大前提を思い出して」と言っているそうです。 皆さんも気をつけましょう。

5月6日(月) 【振替休日】
 いよいよ今年のゴールデンウィークも最終日となります。 始まる時にワクワクでしたが、ここまで来ると寂しいものです。 進んだこと、出来なかったこと、良いこともあれば残念なこともあります。 でも、良いことよりも、残念なことに気が向いてしまいます。 だから、一番嫌いなタイミングですね。皆さんは如何でしょうか。
 そうはいっても、いろいろと捗りました。良いゴールデンウィークだったと言っておこう。

5月5日(日) 【端午の節句】
 こどもの日といった方が分かり易いでしょう。また、菖蒲の節句ともいいます。 端午の節句とは、五節句の一つで元々は午の月の最初の午の日ということだったそうです。 が"ご"と発音して、午の午の日を5月5日にしたというのは面白いと思いませんか。
 端午の節句も中国の故事を由来にしています。紀元前5世紀の中国は、楚という国だった頃のお話です。 詳細は、Wikiに任せましょう。その頃からチマキ食べる習慣があったそうです。 長崎のチマキは、こちらのチマキとは少し違います。 母が生きていた時はよく送ってくれていたのですが。食べたいな!
 当家では、朝から大騒動でした。久し振りに台所に蟻の大群が押し寄せきてました。 蟻の通路を探したり、買い置きの蟻の殺虫剤を持ち出したりの騒動です。 でも、問題はその後にありました。
 物置を探したら、蟻の殺虫剤が3本もありました。 その内の2本は殆ど空で、今日使い切ってしまいました。 そこで、穴を開けようとしたのです。でも、残った殺虫剤が噴出しては危ないのです。 だから、殺虫剤のキャップに錐を刺して、その錐で穴を開けようとしました。 錐の柄に金槌でポンとした、その時でした。
久し振りの立派な血豆  スプレー缶とキャップの間の隙間に左人差し指が挟まっていた様です。 指がチクリとしたのです。そうして見てみると、しっかりと大きな血豆が出来ていました。 若い頃、いろいろと日曜大工仕事で作ったことはありました。 でも、最近はとんとご無沙汰でした。随分と久し振りでした。
 今日は、テスコの最終開店日でした。
 最後は叩き売りになるかなと興味を持ってみていました。 でも、流石にそこまで。2割引きのままでした。 以前から、他のお店では売っていない鹿児島の芋焼酎が売っている店でした。 既に1割引きの時に買っていたのですが、最後のダメ押しです。 結局、特売が始まる時点で売っていた3本全てを買い占めてしまいました。 嗚呼、買い過ぎだ!

5月4日(土) 【みどりの日】
 みどりの日とは、元々は昭和天皇の誕生日を昭和天皇の崩御によって代わりに付けられた祝日の名称でした。 調べると、現在付けられている昭和の日という名称に対する反発から付けられた名称でした。 結局は、昭和の日となったのですが、19年もの歳月が掛かったというのです。 私には、国会議員の無駄な活動だと思うのですが、皆さんは如何でしょうか。 最終的に採用された昭和の日が決定される17年目まで、国会でずっと議論していたというのですから。
 本題に戻すと今日の5月4日は、1986年に祝日に挟まれた日として国民の休日という祝日に定められました。 振替休日等により、実際に国民の休日となったのは、1988年だったそうです。 そうやって元々国民の休日だった祝日に対して、2007年の法律改正でみどりの日という名称が付けられたのです。 祝日が多いことは嬉しいことですが、この紆余曲折もまた楽しい!
 毛利台の中心部にあるスーパーのテスコが明日閉店するといいます。 正式には毛利台ショッピングセンター内のTESCO毛利台店と言います。 毛利台団地が出来た最初からスーパーがあり、その後つるかめと変った後、今のテスコとなりました。 私は、つるかめの頃から知っていました。そのテスコが閉店するのです。 閉店といっても一日の営業を終了することとは違います。 この毛利台ショッピングセンターそのものが無くなってしまうというのです。
 少し前にこの情報を仕入れて、どうなっているか見ていました。 数日前は1割引きとなっていました。今日、行って見ると2割引きです。 いよいよ明日が最終日。もう一回行ってみよう。

5月3日(金) 【憲法記念日】
 今、丁度話題の憲法を記念した祝日で、憲法記念日です。 今日5月3日は、憲法が施行された日で、日本国憲法の施行を記念して定められた祝日です。 面白いことに、憲法が公布された日は、文化の日として同様に祝日に定められています。 交付と施行の両方を祝日に定める必要があったかどうかは、文化の日の説明でなんとなく分かります。 11月3日を楽しみにして下さい。
 昨日、『海外短期留学、全希望者に奨学金 秋入学を後押し 』というニュースが流れました。 文部科学相が、ギャップターム留学を促進する為に無条件の奨学金を支給するというのです。 ギャップターム留学とは、東大を始めとする多数の大学が秋入学を検討している事に発します。 3月に卒業して9月に新学期を迎えると半年のギャップタームが出来てしまうというのです。 そのギャップをどうやって埋めるかという問題なのです。 でも、何故新学期を9月にするのか、何故対策が留学なのかについて、まったく分かりません。 そこで、少し調べてみました。
 根底に流れる問題は、東大や京大の国際評価の低迷にあるそうです。 国内では、超一流の座を維持している様に見えますが、国際評価は低迷の一途だというのです。 そこで、東大などが打ち出したのが、9月新学期と海外留学だったのです。
 東京大学は、国際評価が下がる一方で何が必要かということを画策した。 一番の問題点が日本の画一化した教育が問題だというから面白い。 その結果、海外からの学生を受け入れたい。 その為には、海外に合わせて9月からの新学期が必要となったというのです。
 同じ問題を別の側面から捉えたのが海外留学です。 東京大学の入学式の祝辞で「休学しても海外に行きなさい」という話があったそうです。 海外の学生だけでなく、受け入れた学生の国際化も課題ということです。 これで出揃いました。9月入学と海外留学の必要性が。
 私が違和感を覚えたのは、何故今、文部科学相がこの問題に言及したのか。 私の違和感はその一点に絞られました。 確かに、東大を始めとする一流大学の問題は分かりました。 でも、その大学の問題と、国としてどう対処するかは別物だと思います。 そもそも、日本の基礎教育が画一化されているので、大学に進む学生のレベルが問題だとされているのです。 東大が日本に中に篭っては駄目。海外に行きなさい、と言っているのです。 それで良いと思っているのでしょうか。 何とかしないといけない部分を勘違いしていませんか。 中学、高校の教育が駄目だと言われている訳です。 それにも係わらず、海外留学を推し進めるというのですか。 私には理解できません

5月2日(木)
 昨日までの雨は、朝早くまで残っていました。 しかし、今日は晴れの予報です。出勤する頃には良い天気となりました。 昼過ぎには、重たい雲が張り詰めましたが、降られずに良い天気でした。
 ゴールデンウィークの中休みも終わりです。 中休みが終わってお休みが始まる(?)面白い言葉となりました。 ということで、明日から4連休が始まります。
 休みの中、ゆっくりと仕事が出来ると思っていました。 結果的に、4月にやり残した仕事の一部を済ませたに過ぎません。 なかなか捗りませんね。

5月1日(水)
 ゴールデンウィークの合間の出勤日の二日目です。 昨日から雨模様ですが、何故か通勤前後の駐車場までの歩きでは降られませんでした。 屋内での作業が主だったので、あまり実感はありませんが、日中はそれなりに降っていたようです。 まあ、ラッキーということにしておきましょう。
 先週、安価に購入したWindows7の動作確認を行ったという報告をしました。 試しに64ビット版をインストールしてみたのです。 現在のOSは、従来の32ビット版と64ビット版の2種類が提供されています。 殆どの場合は、どちらかを選択して利用します。 32ビット版の欠点は、使えるメモリの最大が4GBです。 正確に言うと、3.7GB程度しか使えません。 しかし、以前は、ソフトの対応が出来るかどうか分からなかったので32ビット版が一般的でした。 今回は、今後の事を考えて、また最近は使える様になっていると思って64ビット版を試したのでした。
 実際の体感として、動作が鈍いというのが実感でした。 64ビットになると4GBを越えて8GBとか16GBとか載せることが出来る様になります。 そこで、メモリ増強にチャレンジすることにしました。 今使っている富士通のパソコンは2枚しか乗りません。 8GBにするには、4GBのメモリを2枚揃える必要があります。 ネットで調べると、2GBに比較して4GBのメモリは、ビット単価で2倍も高いことが分かりました。 それに、よくパソコンの仕様を調べると、最大容量が4GBとなっています。 フム、どうしよう。と悩んでいるとあることに気付きました。
 今載っているメモリは、2GBしか載っていませんでした。 なんと、64ビット版Windows7の動作条件の下限ギリギリの容量でした。 そういえば、随分前に1GBから2GBに増やした事を思い出しました。 当時のWindows XPだったら、サクサクと動く量だったので、それで使っていたのでした。 でも、現在では、Windows XPでも重くなってきました。 これなら、一旦、4GBにしてから様子見ることも良いと思いました。
 早速、Amazonで安値のメモリを探して、速発注しました。 ところが、通常なら2時間程度で届く受注確認と支払い方法のメールが来ません。 受付ましたメールは来ているので、受付はされているのですが。結局、今日は届きませんでした。 ゴールデンウィークは購入受付はしないのかな。ネットショップなのに。不思議!