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2018年7月

7月31日(火)

石森岳に行ってきました。 今住んでいる大野地区は、面白い谷地となっています。 東側は、国見山を中心に連なる山系。 南側は、烏帽子岳を含む山々。 東側は、弓針岳と並ぶ将冠岳。 そして、北側が石森岳です。 その山々もひとつの山では無く、広がりを持っています。 例えば、国見山は、佐世保市と佐賀県境の殆どをカバーする山系の一部です。 烏帽子岳も、国見山を含む山系の南側から伸びる台形の大きな山の一部。 そして、石森岳は、国見山から将冠岳の近くまで伸びる尾根となっています。 その尾根の一番西の端の高くなった部分が石森岳です。

大野地区から見る石森岳は、丁度、佐世保市内から見る烏帽子岳に似ています。 山頂に大きなアンテナ群が立っています。 そして、家内が小学校の頃によく登った山だと聞いています。

Googleマップでは、ゴルフ場の横にあり、車で行ける様に見えました。 山頂部分は、石森岳公園となっていました。 ゴルフ場を目安に行くので、そんなに難しくはありませんでした。 ただ、最後の部分は、傾斜が30°に近い急斜面。 そう言えばと、私が免許を取った頃の事を思い出しました。

当時は、普通車の殆どは、1,000ccで現代に比べて非力でした。 だから、登れない坂もありました。 そのときの対策として、バックで登るのです。 前進で一番強いロー・ギャよりも、バックの方が強いのです。 現代で覚えて居る方はいるでしょうか。

石森岳公園に到着したのですが。 結果的に、写真も撮らないほど、普通の公園でした。 ある意味、興味深かったので報告致します。

まず、坂を登り上がった場所は、単なるゴルフ場です。 その先に公園があるとは、多分、誰も気付かないでしょう。 さらに、そこから公園までは、300m程度なのですが。 狭い道で、対向車が来たら、かなり後退しないと替われない様な道です。 当然、そこからは半信半疑で向かいました。

公園は、山頂の広い平地で結構な広さでした。 休憩所のような建物が有ったのですが。 建物が荒廃して、今にも崩れそうな感じ。 公園の説明も、どこにも有りませんでした。

その公園の一番先、西側に行くと、視界が広がりました。 佐々湾から国見峠付近までの大パノラマなのです。 しかし、この地域は単なる山の連なりで、単に雄大なだけ? 残念ながら、烏帽子岳や将冠岳の方角は、林が塞いで見えませんでした。

その林の中に巨大なアンテナ群が並んでいます。 その光景を見て気付きました。 ここに来る道は、アンテナの設置や整備の為に車両が登ってくる為のもの。 そして、石森岳公園は、既に忘れ去られた公園だということが。

石森岳に登る前に、また廃棄物を持ってクリーンセンターに向かいました。 今月も良く通いました。今月も今日で終わりですが。 先月ほどでは無いものの、良く通ったと実感する出来事がありました。

クリーンセンターには、受け入れの担当者が居ます。 持ってきた廃棄物の分別をチェックし、指導するのです。 今までも報告したとおり、例えば燃える、燃えないの判断基準が厚木とは違っています。 そういうことは、普通の方だったら、余計に指導が必要でしょう。

今日の担当者は、私の顔を見るなり「この方は良い」というのです。 同僚がチェックしようとしている所を必要ないと言い切ったのです。 面白いと思いませんか。

持ち込む時に、チェックを受けた後、氏名、住所などの記入が必要なのです。 家内が記入し終わるまでの間に雑談をしたことがありました。 私自身が、廃棄物排出事業者の担当者をしていたという話をやっと覚えてくれたようです。 ありがたいと思いつつ、微妙な感じを受けました。

という事で、佐世保に移ってからの2ヶ月が終わりました。 そして、転居の準備も佳境です。 色々と買い揃えないといけません。

7月30日(月)

佐世保に来て、いろいろなところで写真撮影しました。 しかし、厚木に居る時と同様に霞によるボケであまり良い写真が撮れていませんでした。 今日、外を見るとなんとなく空気が綺麗。 これだったら、少し良い写真が撮れるかと、再チャレンジすることにしました。

場所は、佐世保に来て最初に撮影した展海峰です。 まずまずの写真が撮れたと思って帰宅しました。 そうやって、撮れた写真を確認したのですが。 大きな問題に気付きました。以前から薄々気付いていた問題でした。

撮れた写真の中央左側に割と大きなゴミが写り込んでいるのです。 レンズのゴミ?いや違います。 ローパスフィルターに付いたゴミが写り込んでいるのです。 早々に掃除してみました。 経験は殆どありませんが、そんなに難しいことではありません。

掃除してみて、写り込むごみは完全に無くなりました。 実は、今日までニコンD-7000で撮影した写真の殆どにゴミが写っています。 酷いものは外して、ある程度無視しながら掲載してきたのですが。 今日以降の写真と比べて頂くと違いが分かるかもしれません。

転居の準備を進めています。月が明けたら転居します。 そこで、OCNの移転の手続きをしました。 実は、昨日、Webで手続きをしていたのですが、その時点で何時移転できるか分かりませんでした。 そこで、平日の今日、電話で連絡してみました。そこで、驚きの事実が知らされました。

本来なら回線の移転は、NTT西日本に依頼すべき内容です。 私はOCN光を契約しているので、OCNで一括しての手続きとなります。 ところが、実際は、OCNで引き受けた後、OCNからNTT西日本に再依頼。 それ結果、時間は掛かるし、細かいコントロールができないというのです。

さらに不思議なことも出てきました。 転居先には、光コネクタが付いていたのですが、工事が必要と言われました。 工事が必要なければ8月10日の移転が可能。 しかし、工事が必要なので8月28日が最短だというのです。

工事が必要というなら、仕方がありません。 今付いている光コネクタの位置もあまり良い場所ではありません。 希望の場所に付けてもらうことを考えています。 それにしても4週間も掛かるとは困ったものです。

転居の理由は、母が気を使うので気の毒というもの。 しかし、ネットワークから4週間も切り離されては、生活ができません。 仕方が無いので、短時間、母の家にお邪魔させていただくことにしました。

実際の影響は分かりませんが。 今回の事で、OCN光とかドコモ光などといった契約の意味が見えてきました。 少なくても、NTT西日本と直接契約をしていたら、状況が変わります。 できない理由を聞いて、ゴリ押しができたかもしれません。 間にOCNが入るとそういう事が有耶無耶です。

これから契約される方は、よく考えた方が良いと思います。 同じことは、Yahooなどと契約される方も同じです。 所詮は、NTT東日本かNTT西日本の回線を使っているのです。 同属でない分、より難しいと思います。

7月29日(日)

数日前から、奇妙なコースを辿る台風が話題となっていました。 台風12号です。 本来なら日本の南方から千葉県沖を北上する台風だったと思います。 日本の東側に居座る高気圧の為に、関東南部から左回りのルート。 常識に照らして逆走台風と呼ばれるようになります。

関東、関西、中国地方を通過し、早い時刻の予報では、夜には佐世保を直撃となっていました。 九州に入ってからのルートが段々と南に傾いてきました。 結果的に長崎県南部から鹿児島沖をノロノロと進むコースとなりました。 いずれにしても、全体として左回転の曲線を描いている点が特徴的です。

今月初に起きた西日本豪雨の被災地域を逆走した点が一番気になります。 まだ、被害の修復もできていないところの再被災となりました。 改めて、被災者の方々にお見舞い申し上げます。

夜のテレビの番組で「アインシュタインの脳の行方」という内容が報じられてたいました。 アインシュタインが没後、親族の合意により、研究目的で脳が保存された。 それを細かく分割して、いろいろな研究者に配られた。 その結果、全体像が見れなくなっている。 そして、保有されている方の既得権意識の為に、回収が困難だと。

私もアインシュタインの事を尊敬しています。 若い頃に一般相対性理論に迫っていました。 だから、優秀な脳の研究という観点では興味深いと思います。 ただ、既に100年も過去の方の脳と考えると複雑な気持ちです。

この番組を見ていて思い出しました。 私の誕生年がアインシュタインの没年なのです。 信じる訳ではありませんが、一瞬生まれ変わりという言葉を思い浮かべたものです。 そして、そういう意味で、今年はアインシュタイン没後63年です。 つまり、私は10月に63歳となります。(笑)

7月28日(土)

佐世保に帰郷して、始めて病院の診察を受けに行きました。 住んでいる大野地区では、比較的大きな病院です。 久保内科といいます。 血圧と逆流性食道炎の薬の処方を受けないといけないので、止むを得ません。

どうしても、厚木市の森の里病院と比べてしまいます。 この病院では、予約制が有りません。 受診した先生は、掛かり付けになってくれたのですが。 その先生の診察日に来て下さいと言われました。

また今、血圧で処方されている薬は、14錠が1セットとなっています。 そして、半分に切れるので、7錠づつで保管ができます。 毎日飲む薬なので、1週間毎の管理ができるようになっています。 森の里病院だと、8週か9週毎の予約だったので、7で割り切れる数が処方されました。 しかし、久保内科では60日分が処方されました。 その結果、4錠の端数がでてきました。 このままだと、次は1錠の端数。端数管理が煩雑となってしまいます。

掛かり付けの先生は、物分りが良さそうです。 次回は、相談して見よう!

先日、転居の準備をしていると説明しました。 早々に転居先を決めて、契約手続きをして来ました。 不動産業者の店舗は、佐世保駅の近くでした。 手続きを終えて、駐車場に戻る時の出来事でした。

前を警察官が歩いていました。 そして、その直ぐ左には、バスターミナルのロータリーに違法に駐車した車が止まっています。 なぜ、捕まえないのだろうかとその警察官に声を掛けました。 そうしたら、平静に「そうだよ、駐車違反だよ」の回答。

車を出した時に、その理由に気付きました。 その警察官は、駐車違反となるまで近くで観察していたのです。 ちょっと不思議ですね。法改正で駐車違反は直ちに検挙できる様になったはずです。 それはそれで不思議なのですが。 私の行動も、取り締まり妨害となるところでした。反省!

7月25日(水)

今年2回目の転居を決めて本格的に準備を開始した、記念となる日でした。 長崎に帰郷し、足掛かりも無いし、義理の母を頼りました。 しかし、娘婿ではあるのですが、長年別々に暮らしていた他人。 母の気遣いが気の毒で溜まらなくなりました。

住居を探し始めたばかりでまだ決まっていません。 しかし、転居しても、母の家を拠点に生活することは変わりません。 住所は、今まで通りでお願い致します。

7月24日(火)

佐世保の実家の片付けを行っていると説明しています。 使っていたものも、段々と使わなくなってきて、最後はごみとなる。 そうやって、巨大なゴミの固まりとなっています。 今日は、古いステレオなどの電気製品を処分しようと考えました。 分類的には、小型家電に分類されます。 単に廃棄するなら、佐世保市の小型家電リサイクルに出すのが正しいと思うのですが。

リユースのリサイクルが望ましいので、まずは最初に、近くリサイクルショップに持っていきました。 しかし、次の様に言われました。 「10年経ったものは受け入れできない。動かないのもダメ。」 神奈川とは随分と異なる対応です。でも、致し方がない。

もう1店、少し離れた所にあるリサイクルショップにも持っていきました。 こちらは、もっと酷い。5年以上前のものは受け取れないというのです。 致し方ありません。丁度、佐世保市のクリーンセンターの近くでした。 持ち込んで処分することにしました。

クリーンセンターとは、市民が廃棄物を持ち込んで処分する所。 普通の燃えるごみなどでも量が多かったりした場合は、市の収集に出さずに持ち込む事が出来ます。 厚木市でしたら、小型家電リサイクルの受け入れもしていました。 着いて訪ねたら、「小型家電って何?」という様な対応。

携帯電話を始めとして、都市鉱山の回収の為にあるのが小型家電リサイクルの仕組み。 電気製品に含まれている希少金属を回収するのが目的です。 そして、自治体に課せられた義務のはずでした。 そこで、佐世保市ではどうなっているか調べてみました。

佐世保市のHPに説明がありました。 「させぼエコプラザと環境センターに小型家電回収ステーションを設置しています」と。 驚きです。これでは、回収していると言えるでしょうか。 厚木市では、全ての公民館に設置されていました。 佐世保市でいう、地区公民館です。 勿論、佐世保市のクリーンセンターと同じ機能の環境センターでも引き受けてくています。

非常に残念でしたが、大きな段ボールで6箱程度の物を持ち帰ることは出来ません。 仕方がないので、燃えないゴミとして処分をお願いしました。 多分、純金で数グラム相当の希少金属が無駄に廃棄となったかもしれません。 残念!"

7月23日(月)

ホテルを引き上げて、佐世保に帰る日となりました。 ゆっくりとした一週間でしたが、ひとつ、心残りがありました。 改めて、長崎(市内)に来ると感じるものがありました。 それは、丘にしがみ付いた住宅の面白さです。

竹林のチャンポン 長崎市内、特に浦上駅から長崎駅に掛けては、稲佐山と金比羅山に挟まれた狭い谷間となっています。 その中に大小の丘や山が乱立しています。 その中に多くの住宅が建っているのです。 特に、街中にある小さく急峻な丘に建つ建物が面白い。 以前、継ぎ接ぎに見える家をハウルの動く家と呼んだことがあります。 長崎のこういう宅地は、まるでハウルの動く丘。 ちょっと無理はありますが、そういうものを感じてしまうのです。

中々撮影ポイントが見つけれませんでした。 ここに掲載した写真は、車で走行中に捉えたシーンです。 どうでしょう。言いたいことが伝わるでしょうか。

右上に見える山が岩屋山です。 その手前に家が並ぶ小高い山。 その手前左側にハウルの動く丘があります。 岩屋山を除いて、家だらけです。

佐世保に帰る途中、以前から行きたかった場所に訪れることにしました。 それは、佐世保市の針尾町にある針尾の電波塔です。 稲佐山の電波塔とはまったく意味が違います。 戦時中に活躍した電波塔です。

針尾の電波塔 正式には、旧佐世保無線電信所(針尾送信所)施設と言う名称です。 亡き岳父の話では、真珠湾攻撃の出撃命令を発信した送信所とのことです。 今だと、鉄骨で作るものなのですが。 当時は、煙突の様な構造で、円錐形をしています。

針尾の電波塔の近景 右の写真は、その形が分る様に近くで全体を撮影した3号塔です。 電波塔は、1号塔から3号塔の3本が立っています。 3号塔のみが内部の見学もできます。 入ってみると、少々困惑。 「落下物に注意」と注意書きがしてありました。 恐怖の見学場ですね。10m以上の高さからボルトなどは落ちてくるかも。 直撃すると生命に関わります。 実際は、落ちて来ないのでしょうね。

針尾の電波塔の入口 次の写真は、1号塔の入口の写真です。 この太さを実感して下さい。 何時もは、佐世保と長崎の間を行き来する時、 それから、飛行機で羽田に向かう飛行機の中からしか見たことが有りませんでした。 やっと、実物を間近で見ることができました。

7月22日(日)

一週間のホテル住まいも明日までとなりました。 長崎に住む姉弟とも、暫くのお別れ。 一緒に昼食を頂くことにしました。

竹林のチャンポン 食事の場所は、長崎市の畝刈町にある竹林です。 長崎らしいチャンポンが頂けます。 先日の長崎ちゃんぽんで無い小浜チャンポンの口直しです。

竹林のチャンポンは、以前にも紹介した事があるので、写真を撮らずに食べ始めようとしました。 思い直しました。そうだ、Facebookに掲載していないと。 そのために、箸とレンゲが変な位置となってしまいました。

竹林では、弟の勧めでチャンポンと蟹チャーハンです。 とっても美味しい昼食でした。ありがとう!

7月21日(土)

ホテルでテレビを見ていると、Googleの宣伝が出ていました。 食事や遊ぶ場所を探すときに、スマホで検索すると直ぐ場所が分るという宣伝です。 この宣伝を見て、嫌悪を覚えるのは私だけでしょうか。

先日、チャンポンを食べたときに、数年前に食べた佐世保のラーメンが話題となりました。 博多ラーメンとチャンポンの合いの子。 地理的な中間点というコンセプトで創作されたラーメンです。 名前を思い出さなかったのですが。 この私のブログで紹介していたので、検索してみました。 外出先だったので、スマホで。

所が、その部分が検索結果に出てきませんでした。 今日、試しにパソコンと両方を検索してみました。 検索結果が大きく違います。 そして、スマホでの検索結果は情報が少な過ぎます。

改めて、パソコンで検索すると目的の結果は一目瞭然でした。 しかし、スマホでは結果を得れませんでした。 これが、Googleが宣伝している商品です。 私にとっては、呆れたとしか言いようが有りません。

因みに、調べる目的の名前は、佐世保ラーメンでした。 調べるまでも無かった話でした。

7月20日(金)

今回の長崎訪問は、長崎ハローワークで検索する事が目的の一つと説明しています。 先日、行った時に、西洋館にも有ると説明を受けていました。 西洋館そのものに入ったことが無かったので、行ってみることにしました。

西洋館のハローワークは、ヤング向け、女性向け、それから高齢者向けのコーナーがあるとの説明でした。 しかし、特に要望をしなければ、普通のハローワークです。 1時間無料ではありますが、下手をすると駐車場代が取られます。 もう少し、現地でも説明が欲しいと思いました。 まあ、必要性は無いので、クレームというより助言のつもりです。

初めての西洋館でしたが、外観の割に中身が無い。 20弱の店舗は入っていますが、あまり興味を引くものは見つかりませんでした。 丁度、お昼時でしたが、食事にも利用する気になりませんでした。 特に、駐車場については、事前に知らないと損をする状況でした。

駐車場に入ると、入ったところが第1駐車場です。 空いていてエレベーターも近くにある。 ところが、そのエレベータは2階までしか行かずに、屋外に出る。 第2〜4駐車場に行くと、屋内のエレベーターに乗れます。 この暑い時に、何で屋外に出ないと行けないの。 さらに、出る時は、第2〜4駐車場を通って出るのです。 知らないと損をする駐車場でした。 もう、行きたくない。

稲佐山の電波塔 午後は、特に予定もありませんでした。 車に乗ってナビで稲佐山までのルートを辿りました。 一般的なルートは、曙町辺りから登る道と思っていました。 今居る場所からだったら、母校の西高の前から登るルートがありました。 早々に、向かってみました。

記憶では、30年以上前のこと。岐阜に住む友達が長崎に来た時の出来事です。 寒い冬の100万ドルの夜景を見せようとしました。 しかし、登山路の途中で道路が凍結していました。 登ることはできなくなりました。さてどうしたでしょうか。

その時の脱出方法は次の通りです。 まず、友達にタイヤの方向を確認してもらいました。 それから、ギヤをバックにせずにそのまま後退開始とともに、少しハンドルを切る。 タイヤが滑ったまま、車は回転。下を向いたタイミングで少しづつ動力を伝える。 今時分のオートマチックだと難しかったかもしれません。 まもなく、タイヤのグリップは回復しました。 過去にも、一回紹介した事があるかもしれません。この脱出劇を。

稲佐山からの眺望 こういう体験は、30年以上が経っても鮮明に覚えています。 おっと、脱線ですね。このエピソードは、稲佐山登山が40年を超える久し振りという説明です。 多分、小学校の頃で50年振りくらいだと思います。

ただし、失敗でもありました。 勢い余って登ってきましたが、昼間の風景はあまり面白くない。 特に、今日の遠景は、霞でぼやけています。 NHKの電波塔と遠景の写真のみ掲載します。 遠景は、浦上駅付近から、長崎駅、長崎港の写真です。

稲佐山というと、ロープウェイが有名です。 NHKの電波塔の土台の部分が、ロープウェイの山頂駅です。 記憶に無いので、実質的に初めて訪れたことになります。 建物に入り、エレベータで階下に降りると、ロープウェイの駅がありました。 次の下りが13:40です。20分間隔でした。 つまり、移動する時間が10分間掛かるとして、上りの到着は13:30となります。 もうすぐかなと待ってみることにしました。

所が、13:30を過ぎても中々きません。 そうやって、13:39に駅員室の中でベルがなりました。 発車時刻になっても到着しないので、駅員に聞いてみました。 なんと、客が居ないので、13:40発は運休だというのです。 残念。

電波塔の出口で工事中の看板が出ていました。 左手が出口なのですが、右手に向かうと野外音楽堂があるのです。 長崎出身の福山雅治もコンサートに使ったことがある音楽堂です。 その野外音楽堂が工事中と出ていました。 今年の夏のコンサートに向けて突貫工事中かな。

7月18日(水)

今回の長崎訪問の一つの目的は、長崎ハローワークでした。 職探しとして、ハローワークの良いところは、全国組織というところ。 厚木ハローワークでも、長崎の求人を探すことは出来ました。 しかし、佐世保ハローワークで出来なかった事があります。 それは、長崎市内に限定して、職探しをすることでした。

実際に端末で検索してなんだかびっくりでした。 長崎市内に限定して、職種などを選ぶと相当量の求人情報が出てきました。 佐世保ハローワークで県北部の検索だと、ある程度少ないことは分かります。 しかし、長崎市を含めた検索では、そんなに出てきませんでした。 佐世保で長崎市を含める為には、県北部、大村、諫早などを除くという指定が出来ます。 その検索より多いという印象でした。

町並みを比較しても、その差は歴然としているのですが。 求人情報の違いを見せつけられた気がしました。 ただ、データベースは同じはずなので、狐に摘まれた感は否めませんが。

格安ホテルの3日目を迎えました。 このホテルは、シーボルトといいます。 町中のビジネスホテルなのですが、連泊を前提としている様なホテルでした。 だから、廊下には洗濯機が置いてあります。 さらに、調理室も有り、電子レンジ、トースターの他、ガスコンロまで置いてありました。 室内には、IHコンロとやかんでコーヒーを淹れることもできます。 なんと、物干し用のタワーまで装備してありました。

そこで、気付いたことが有りました。 1周間程度暮らすのに必要なものが沢山あります。 それは、ホテルが貸与する物品の問題から来ます。 コップ、湯呑、タオルは、1セットのみしか貸してくれません。 そして、洗濯機を使うのに必要なものがありません。

洗濯洗剤、食器用洗剤は、1週間分程度の少量の販売は有りません。 自宅から小分けにして持ってくるのが一番です。 それにバスタオルとシーツは仕方がないのですが。 タオルの替えも欲しいところでした。

今回は、コーヒー用の紙コップ、冷たいものを飲む為のプラカップを購入しました。 それに洗濯は、姉の家でお願いしました。 良い経験です。

もう一つ、欲しいものがありました。音楽です。 特に、目覚ましの音楽が有りません。 自宅と同様にパソコンで再生すればよいのですが。 残念ながら、ノートパソコンに音楽のデータをコピーせずに来ました。 毎日、寂しい朝を過ごすことになってしまいました。

7月17日(火)

弟が、昨日の参加者の一人を空港まで見送るついでに、小浜チャンポンを食べようと誘ってくれた。 長崎ちゃんぽんは有名ですが、小浜では町おこしの一つとして小浜チャンポンを宣伝しています。 その中でも、弟が気に入ったお店があるので食べに行くことにしました。

目的のお店は、食堂です。 小浜は、私の生家である道ノ尾の中田家のルーツです。 今は、雲仙市に編入されていますが、元々は南高来郡小浜町でした。 龍食堂は、長崎市から向かって、小浜の繁華なところを過ぎた辺りの海岸沿いにあります。 月曜日が定休日なのでと安心して行ったのですが。 着いてみると、残念ながら定休日。 そうなんです、昨日が祝日だったのです。

代替え文 代わりに弟が選んだのは、お食事処入潮というお店でした。 弟も海鮮中心のチャンポンだと知っていて選んだようです。 事前に、エビは殻が付いているよと教えてくれました。

一番の驚きは、清湯スープに似た透き通ったスープ。 少なくても長崎ちゃんぽんは、白湯スープです。 材料から出た濁りで少しは白くなっていますが。 「これは、チャンポンでは無い」が私の第一印象でした。

材料は、しっかりとした長崎ちゃんぽんでした。 有名な食べログの感想でも気付いていない人も居るようですが。 見て分かるタコの他にイカもちゃんと入っています。 エビは、予告通りに殻付き。豚肉もしっかりと入っています。 定番の、もやしにキャベツとかまぼこ(長崎ではこう呼ぶ)もしっかりと入っていました。

問題は、スープでした。 想像通りに豚骨出汁は入っていません。鶏ガラ出汁は、入っていたのでしょうが、よく分かりません。 食べログによりと、あっさりが良いとの評判でしたが。 あっさりしているだけなら、まだ我慢出来たと思います。 一番の問題点は、その塩っぱさでした。 塩辛くて半分近くを残してしまいました。 とっても残念な記録として紹介しておきます。

今夜は、今回長崎に来た2つ目のイベントです。 2年前に還暦同窓会で帰省しました。 その時に、中学校のブラスバンドの仲間が集まってくれました。 帰郷したら、また一緒に飲もうと約束していました。 そして、今日再会する予定でした。

2年前に集まってくれたのは、3人の友人でした。 事前に分かっていましたが、その中の一人が病気で亡くなっていたのです。 最初のみと、寂しく献杯で始まりました。

40年振りの再会と紹介したのは、2年前の2月8日の記事でした。 それから2年間が経っていますが、話は尽きません。 同級生の話も沢山出ました。そして、次の同窓会の前に、早目に集まりたいね、とも。

7月16日(月)【海の日】

海の日で祝日です。 子供の学校も夏休みになって、この三連休は、家族で楽しんだことでしょう。 一方、私は、祝日が関係無い生活を送っています。 普通の日なのですが、いろいろと有った日でもありました。

私の姉弟は、今は長崎市内に住んでいます。 ゆっくり行きたいなといろいろと検討していました。 そして、連泊により一泊が3,000円という格安ホテルを見つけていました。

一方、5月末に帰郷で長崎へ出発するその日に伯母の訃報が入ったと報告していました。 今日、その伯母の納骨式が予定されていました。 長崎に行く途中となるので、今日から1週間の日程で出発しました。

納骨式の場所は、川棚町です。 先日から話題にしている、東彼杵郡の町です。 そして、ダム建設の反対運動で話題の石木ダムの建設予定地がある場所です。 丁度移動のルート上だったので、寄ってみました。

石木ダム予定地は、谷間となる山間に繋がる2つの道の分かれ道からその道に沿ってダムとなる予定です。 ダム予定地の手前の両側の山は、採石場で山を崩しています。 少なくても、ここに人が住む様な場所とは思いませんでした。 ただ、後で調べると、左側の道の奥に集落がある様子です。 実際に困る方々の保証は、しっかりとして欲しいものです。

納骨する墓地は、川棚高校の近くで高台となっています。 そこから、嬉野の方角を見ると、山々の中で特に飛び出した部分があります。 そして、その姿は、まさにマッターホルンの姿でした。

後日調べたのですが、その山は、虚空蔵山という山です。 そして、まさに九州のマッターホルンと呼ばれているそうです。 さらに、先程説明した石木ダム予定地の奥の集落の近くに虚空蔵の水という湧き水がありました。 虚空蔵山は、そこから南西に1kmほど離れた場所に有ります。 反対運動は他人事なのですが、なんとも興味深い場所という事が分かりました。

7月15日(日)

昼過ぎに母が見ているテレビが突然映らなくなったと言ってきました。 テレビ佐世保のケーブルテレビなのですが。 一般論として、アンテナなどの接続を確認してみました。 しかし、突然、見れなくなる原因は分かりませんでした。

早々にテレビ佐世保に連絡し、対処を依頼しました。 結果的に、夕方に担当の方が来て見てくれました。

原因は、アンテナケーブルのコネクタの断線でした。 コネクタの接触不良は想定障害としてしつこく確認しました。 しかし、コネクタの断線は、気付きませんでした。

無事に解決したのですが。 私自身が当然の様に解決するべき障害でした。 なんだか、惨めな気持ちとなりました。 でも、大河ドラマをしっかりと見れて良かった、よかった!

7月14日(土)

義理の母の誕生日が近付きました。 皆が忙しいというので、今日の土曜日の昼食にお祝することになりました。 帰郷した翌日の6月3日の記事天空の宿 山暖簾で食事をしたと報告しました。 その山暖簾で料理長を努めた方が独立して始めた和重で食事をする事にしました。

和重のお膳 場所は、柚の木という場所です。 佐世保から三国峠を通って佐賀県に向かう坂の途中にあります。 山暖簾の様に、自然に囲まれたという訳ではありませんが。 自然豊かな土地の住宅街の一角に位置しています。

店舗は、木の温もりを取り入れた和空間と表現しています。 当然の様に、有田や波佐見の陶磁器をふんだんに使って、器の楽しみも演出。 何より、長年のシェフ経験を活かした料理もお薦めと紹介されています。 今年の春に開店したばかりのお店でした。

写真は、最初に出てきたお膳です。この後、刺し身と茶碗蒸しが出ると説明されていました。 お膳と肉料理のセットをお願いしていました。 写真の上部にある肉料理がその肉料理かなと思いつつ。

刺し身と茶碗蒸しが出てきて、大抵の料理を食べ終えた頃に、最後の肉料理が出てきました。 高齢の母にとっては、もう食べれる状態ではありませんでした。 知らないで訪れると、なんとなく残念なお店というのが、感想です。

料理の一つ一つは、丁寧に料理されていると思います。 私は、美味しかったと思うのですが。 流石の主婦にとってか、単なる家庭料理という評価でした。 値段の割にはという意味でしょうか。

場所がら、どんな客が来ているのだろうかと思っていました。 高齢の女性客が3人連れで来ていました。 結構、会食の利用している客がいるのだなと関心しました。 時に、雰囲気を楽しむのは良いのかもしれません。 ただ、その時に居た方は、雰囲気を楽しんでいるという感じは受けませんでしたが。

ニュース記事を見ていると米大統領のトランプ氏が北朝鮮の正恩氏の信書を公開したと出ていました。 そう言えば、久しく見ていないと、トランプ氏の記事を開いてみました。

実際は、6月6日に受け取った信書を今頃に公開したというのです。 そう言えば、トランプ氏のツイッターのフォロワーが30万人も減ったと話題となっています。 さらに、大統領選を控えているといいます。 なんとも、彼の焦りを感じさせる記事でした。

私は、オバマ氏や鳩山氏など、日米の政治家のツイートをリストにして見ています。 ここ数日のツイートを見ると面白い。 日本時間で昼間は、原口氏の発言が並んでいます。 夜の時間になると、トランプ氏の発言が並ぶ。 この2人は、暇なの?

意見や情報の発信は、政治家として大切だと思います。 しかし、その内容で、人はその人を評価します。 そういう目で見た場合、2人の評価はどうなのでしょうか。 あえて、私の評価はここに記載しませんが。 興味深い話だと思いませんか。

7月13日(金)

また、恐怖の13日の金曜日が来ました。 この日にビッタリの恐怖のお話をします。

ロザリオ 皆さんは、カトリックのロザリオというものをご存知でしょうか。 仏教の数珠に似たものです。 輪っかの一部から1本の紐が伸びて、一番先頭に十字架が付いています。 その全体に、10コの小さなビーズ様な珠が塊とし、間に大きなビーズが付いています。 輪っかの部分は、50コの小さなビーズと間に4コの大きなビーズ。 さらに十字架に伸びる部分に飾りビーズが付いています。 その飾りビーズと十字架の間にも5コの小さなビーズが付いています。

このロザリオは、ビースの種類に合わせて、祈りを変えて唱えます。 ロザリオの道行きといって、ロザリオの数珠の数だけ祈ることに使います。 だから、仏教の数珠に似ているのですが、手に持って珠の数を数える様な使い方をします。

よく、ドラマなどで首に掛けているシーンを見掛けることがあります。明らかな間違いです。 カトリックでは、メダイに鎖を付けて首に掛けます。 これは、ペンダントトップ部分にマリヤ様の肖像十字架を使います。 勿論、信仰の証という意味を持ちますが装飾用に身につけるものです。 このメダイと勘違いして、ロザリオを首にぶら下げているようです。

今日のテレビ放送で最近話題の潜伏キリシタンの話題が報道されていました。 そこに、コメンテーターとしてキリスト教に詳しいという女性作家が出ていました。 しかし、その画面を見て呆気に取れらました。 ななんと、その作家は、首にロザリオをぶら下げていたのです。 驚きというより、滑稽です。 全国版の放送でこんな失態を見せるとは。 しかも、キリスト教に詳しいと言っていました。

私は、潜伏キリシタンという言葉に相当な違和感を感じています。 しかし、この様な報道がその違和感を証明している様に感じます。 皆さんも誤魔化されないように注意しましょう。

7月11日(水)

月曜日に床屋で時間が掛かったと報告しました。 その待ち時間で、スマホを使って、6月のブログを確認していました。 7月の掲載を先に始めていたので、慌てて掲載したものでした。 そうしたら、ボロボロと入力ミスを発見していました。 読んでいて、一部恥ずかしくなるミスも見つかりました。

今日は、時間が取れたので、しっかりと見直しをしました。 大丈夫かな?

東京都での今日の日の入り時間は、18:59だそうです。 長崎は直ぐは分からないので、簡単の為に、福岡を調べました。 福岡の日の入りは、19:31でした。 何の話だと思いますか。

私が今使っている部屋は、西側に大きい窓が付いています。 4時頃から眼の前に太陽が輝いています。 つまり、西日をたっぷりと浴びることができる部屋なのです。 寒い冬なら良いのですが、今の季節はとっても辛い部屋となっています。

戻った最初から家内の指摘で、遮光シートを付けていたのですが、1面では、とっても足りていませんでした。 少し西南西を向いているせいか、太陽は左上から右下に降りてきます。 普通の簾だと、幅広でも足りません。 結局、大きな遮光シートを1面に貼り。 さらに、少し右にずらして、大きな簾をもう一面。 重なった部分は、二重に遮光です。 やっと完成しました。それでも暑いですが。 相当に改善出来ました。

7月10日(火)

家内の親戚に当たる叔父が入院したというので、お見舞いの為に佐賀市内を訪問しました。 良い天気の中、始めての佐賀でした。 子供の頃に生家の酒屋では、天山という銘酒でいつも意識していました。 天山は、佐賀にある大きな山です。 そして、清酒天山は、佐賀県を代表する銘酒だと思っています。 最近良く使う、山越えして三川内ICから佐賀に向かいました。

叔父は、現在、退院に向けてリハビリに入っているとのこと。 家内も久し振りに挨拶が出来てよかった様子。 適当な時間で御暇しました。

帰りは、特に予定はしてはいなかったのですが、通り掛かりでもあるので大川内山に行くことになりました。 佐賀からだと、三川内と変わらない距離の大川内山です。 そこからは、ちょっとルートは違いますが、同様な山越えで帰れます。

大川内山の全景 この大川内山は、鍋島藩が鍋島焼の技術の漏洩を防ぐ為に窯元が集められたとか。 この地の地形を見るとよく分かります。 三方を険しい山々が囲まれています。 入り口には、関所跡もあり、出入りを厳しく制限していたらしいです。

佐賀藩は、数日前に掲載した長崎県の彼杵郡や高来郡の一部を管理していました。 そして、鍋島焼で有名な鍋島藩もよく知っていました。 実は、佐賀藩は、鍋島氏が藩主であり、それが理由で鍋島藩とも呼ばれるそうです。 お恥ずかしい話、始めて知りました。

鍋島藩窯橋 左の写真は、大川内山入り口の川に掛かる橋です。 鍋島藩窯橋と書いてあります。 壁の様な構造なので、欄干と呼んで良いのか躊躇はありますが。 欄干の部分に、鍋島焼が埋め込んであります。 その鮮やかな色合が目を楽しませてくれます。

大川内山の町並み 窯元の看板、飾り塀、窯の煙突、そしてその背景に広がる岩山。 これが、大川内山の町並みです。 ゆっくりと歩いてみたい所。 しかし、日差しに照らされて、光景とは裏腹な暑さ。 観光はそこそことしました。

ここに来た理由は、始まった買い物で漸く理解出来ました。 畑萬陶苑というお店に入りました。 鍋島焼だけでなく、青磁、透かし彫など、いろいろな陶磁器が置いてあります。 そこの2階に置いてある香りペンダントがお目当てでした。 鍋島焼の小さな瓶をペンダントにしてあります。 その瓶に香水を入れて、香りを行動を共にする。 なんとも優雅な陶磁器でした。

帰りは、そのまま国見峠越えのルートです。 いつもは、国見峠の佐世保側手前から、有田方面に向かっていました。 今回は、国見トンネルから伊万里に行く道を逆行しての帰宅。 道中の展望台の眺めも、素晴らしいものでした。 左側に伊万里の町並み。中央に黒髪山を含む雄大な山々。 右手は、三川内から有田に続く平地です。 流石に広過ぎて、写真には収まりませんでした。

7月9日(月)

先月末に、近くの床屋で安価なお店を見付けたと報告していました。 時間が取れそうなので、本日チャレンジすることにしました。 月曜日に床屋なのかな?という感じなのですが、年中無休と書いてありました。

お店の名前は、ヘア スタジオ IWASAKIです。 調べると全国展開のチェーン店で、床屋では無く美容室でした。

一度は格安の時間帯(12:00〜16:00)を体験という事で、午後1時頃に入ろうとしました。 店の窓から覗くと御婦人ばかりが待っています。やっぱり躊躇がありました。 しかし、間もなく青年がカットを終えて出てきました。 なるほど、男性も問題ないのだと、入ることにしました。

入ると、主に高齢の御婦人が10人以上、それと男性が1人待っていました。 しかし、どうしたらよいか分からない。 店員は、作業している2人の女性のみ。 しかし、よく見ると分かりました。 受付台に予約端末がありました。 とりあえずは、予約完了。14番目でした。

問題は、なかなか順番が来ないこと。 結局、順番が来たのは、3時半頃でした。 4時までの特価なのに1時間半も掛かるとは、どういう仕組なのだろうかと悩ましい。 でも、受付があるので、時間が分かるというのだろうか。

担当してくれた女性の方に、6mmのバリカンで高めでお願いしますと注文。 それから、カットのみですと伝えました。 神奈川で通っていたお店は、シャンプーのサービスは無かったので気にする必要は無かったのですが。 ここでは、価格が変わるので注意が必要です。

全体のカットは、今までカットしていたお店と同様にうまく仕上げてくれました。 というより、いくつかの質問はあったのですが、ヘヤ部分は、思い通りのカットをしてくれました。 最後にもみ上げをどうしますかと質問を受けました。 あまり気にせずに普通でお願いしました。

そうすると驚きの結果が待っていました。 アダプター無しのバリカンが剃り上げてしまったのです。 正直言って、びっくりしました。

仕上がりを見て、まあ、これも良いのかなと。 今まで経験した、最安値のカットでした。 そして、全国チェーン店がカットしてくれたのです。 まあ、正解でした。

7月8日(日)

義理の母の家で暮らしています。 そして、母の家では、お勝手口はいつも閉じられたままでした。 特に必要も無かったのたかもしれません。 しかし、不要物の廃棄の為に開閉した所、面白いことが分かったので報告致します。

いつも鍵が掛かっていたのですが。 鍵を開けると、扉が閉じた状態で止まらないのです。 最初は、油切れかと思っていろいろと手当をしてみました。 しかし、そういう問題では無いことが段々と分かってきました。

よく見ると、扉が嵌まる開口部と扉のサイズが有っていなかったのです。 扉の鍵の部分には、開閉する時に出てくる閂(の様なもの)とロックする時に出てくる閂があります。 その閂の長さが微妙に違うのです。 だから、ロックすると止まるのに、普通の開閉では止まらないという事態に陥っていました。

さて、どうしたものか。閂の位置をずらすには、鍵の取り付け位置を変えないといけない。 しかし、穴を開けて取り付けている鍵です。事実上不可能です。 そこで、思案してみました。

専門用語では、閂のことをボルトと呼びます。 通常の開閉用はラッチボルト、ロック用をデッドボルトと呼びます。 そして、そのボルトを受ける部分をストライクといいます。 つまり、デッドボルトは、ストライクに届いている。 しかし、ラッチボルトは、ストライクに届いていないという状態です。 ここまでくれば、対策は明確です。

ストライクは、木ねじで止めています。 そこで、ストライクと枠の間にワッシャーを挟めて固定すれば良い。 念のために、手持ちのワッシャーを2枚挟んで処置しました。 見事に通常の開閉時に止まるようになりました。 これぞ、日曜大工の真髄かな。

7月7日(土)【七夕の節句】

七夕と書くと「たなばた」と読みます。 しかし、七夕は、年間で5回ある節句の一つ。その場合は、「しちせき」と読みます。 烏帽子岳に登って、天の川を眺めたい所。 神奈川で叶わない夢でした。 でも、東日本ではそれどころではないですね。

一夜を明けて、昨日の大雨の被害が少しずつ明らかになってきました。 内容は、報道が詳しいので、ここでは話題としません。 昨日の気象情報から、意外な事が分かったので、報告したいと思います。 発端は、気象の話ですが、まったく関係が無い話です。

佐世保市で発せられた警報等は、全て、次の文章が付加されていました。 「宇久地方を除く」です。 この宇久地方とは何処のことか。 調べてみると、芋づる式にいろいろな事が分かってきました。

宇久地方とは、五島列島の最北端に有る比較的大きな宇久島にある地方。 佐世保市に含まれます。五島列島に佐世保市内があることが驚きでした。 しかし、よく見ると、何か大きな歪みたいなものを感じざるを得ませんでした。

長崎県佐世保市宇久町 五島列島とは、知らない人は全体が五島市だと感じると思います。 しかし、五島列島の最北端は、上記の通り佐世保市宇久町がある宇久島です。 その次が、北松浦郡の小値賀町がある小値賀島など。 次に、南松浦郡の新上五島町がある中通島を始めとする島々。 一番南に位置するのが、これらの島々を合わせた程の大きさの福江島。 この福江島と周辺の小島が五島市というのです。

小値賀町が北松浦郡であることから、宇久島を含めて、北松浦郡だったことが分かります。 南松浦郡は、その他の五島列島の全体だった。 それが、先に市制に移行した福江市を中心に五島市となった。 残った町村が上五島町を中心として、町名を変えて北松浦郡の唯一の新上五島町となった。 ここまで調べると、市制、郡制の変遷が面白いことに気付きました。 五島列島の一部に北松浦郡がある。では北松浦郡の実態は。

元々の北松浦郡は、当時の佐世保村を除く、長崎県の佐世保より北側の全域。 そして五島列島の北部だったのです。 佐世保市以外に市制に変わったのは、松浦市、平戸市です。 そして、東彼杵郡の一部だった佐世保村が佐世保市に昇格。 北松浦郡の多くを飲み込んだ。 その結果、北松浦郡には、小根賀町と佐々町のみが残った

面白いのは、北松浦郡が昨日話題とした相浦町の北側に位置する佐々町と五島列島の小値賀町という、とっても遠い2つの町のみとなっていること。 郡制は、自治組織でないので問題はないかもしれません。 しかし、問題となるのは、宇久町です。 宇久町は、佐世保市からは平戸市を超えた先に位置します。しかも、遠い。 北松浦郡、平戸市という選択肢も有ったと思います。 何故、佐世保市だったのでしょうか。 不思議ですが、wiki「宇久町」にも記載はありませんでした。 ただ、今回の気象情報の様に、情報理解には阻害要因となっている事は確か。 よく考えた結果とは思えません。

かなり長くなったので、詳細は省略しますが、長崎県南部も面白い。 県央で一番大きかった西彼杵郡は、私の故郷である長与町と時津町の2つのみ。 長崎市があまりにも大きくなるので、西彼半島の部分を西海市にした様です。 理由は、ちょっと違うでしょうが。 それに対する東彼杵郡は、川棚町と彼杵町の2つ。 どちらも隣接する町のみが残っています。 北松浦郡との違いは鮮明です。

北高来郡、南高来郡は、段々と記憶から消えてしまうかもしれません。 大村市、諫早市、島原市を囲っていた郡です。 新たに出来た雲仙市と南島原市、それから今まで有った市に全て吸収されました。 そして、消滅してしまったのです。

比較して小さな町の存続というのも興味深いのですが。 生まれ故郷の長与町が立派な町として残っている。 道ノ尾の中田姓の発祥の地である、南高来郡小浜町は、雲仙市に吸収されてしまった。 Wikiを調べるといつでも事実は分かるのですが。 改めて、感慨に浸ってしまいます。

なお、長崎県には、壱岐島、対馬島があります。忘れた訳ではありません。 成り立ちが少し異なりますので、ここでは割愛します。 写真からも外してしまいました。壱岐市、対馬市の方々には申し訳ありません。

7月6日(金)

朝から、強い雨が続いています。 朝9時に突然サイレンが鳴り響きました。 それも、ちょっ置いて2回連続で鳴りました。 尋常で無いことはよく分かります。 しかし、なんだろう!しばらくしないと放送が始まりませんでした。 重要なお知らせだということは分かるのですが、無用な不安を煽る通知にはちょっとびっくりしました。 もっと迅速に肉声の放送を始めるべきだと思います。

放送からは、避難という言葉は聞き取れたのですが。 実際に何が起きているかは分かりませんでした。 ただ、強い雨の状況、避難勧告が出されたものだと推測しました。 そこで、早々に佐世保市のホームページを開いてみました。 佐世保市のホームページでは、8:30に避難準備と出ていました。 だから、9:00に避難指示に変わったのかなと思ったのですが。 9:30頃に確認しても掲示は変わっていませんでした。 9:00に避難勧告が出されたと知るのは、午後になってからでした。

比較的近い職場で働いている家内から携帯電話がありました。 近くを流れている相浦川の水嵩が増している。 大丈夫だろうかということでした。 早々に佐世保市のホームページを確認しますが、何も通知がありません。 そこで、水嵩の情報をネットで探してみました。

相浦川は、私達が住む大野地区から、中里地区を通って、相浦湾に流れます。 国土交通省の「川の防災情報」というサイトで水嵩の情報が掲載されていました。 中里地区の中里堰、それから相浦町の相浦橋の状況です。 そして、中里橋では、「水防団待機水位」でした。 図示を見る限り、まだ少し余裕が感じられます。 相浦橋では、「氾濫注意水位」に達していました。

この水位の状況から、大野地区での氾濫は無いものとして、一安心でした。 しかし、その後、相浦地区では、相浦川の氾濫が有ったと情報が入りました。 ただ、その後の情報からも、被害の情報はありませんでした。 今回の大雨で、長崎では実質的な被害は無かったようです。 ただ、避難指示に関する経過は、記録として残しておきたいと思います。

ここに記載する内容は、後日、この日の雨が大災害に繋がった事が判明した後に書きました。 以下に記す内容は、特に自分としての記録は取っていませんでしたので、曖昧な点はあります。 しかし、長崎でも異様な状況で有ったこと。 そして、幸いにも被害を逃れた事の記録です。 災害で被害に遭われた方々、そして、記事を書いているタイミングでも未だ苦労されて居る方々にお見舞い申し上げます。 (7月25日)

佐世保市には、後から知るのですが、8:30に避難準備、9:00に避難勧告が発令されました。 その時点で、私が住む大野地区では、凄い強雨に晒されていました。 ただ、その強雨は、連続的というより、断続的。 家族の送り迎えでは、傘が必要で無い状況でした。

午後には、長崎県を皮切りに、佐賀県、熊本県と特別警報が発令されました。 この警報の意味です。 「数十年に一度の、これまでに経験したことのないような、重大な危険が差し迫った異常な状況にあります。」 そして、正確には覚えていませんが、3時か4時頃に長崎県より避難指示が発令されました。 しかし、雨雲の動きを見る限り、佐世保市はまもなく雨が上がるという状況でした。

その頃には、九州で発令された特別警報は、福岡県、山口県、岡山県、広島県と拡大されていきました。 特に、福岡県、岡山県、広島県で甚大な被害をもたらしました。 大変、申し訳ないと思っています。 こんな状況で佐世保に居る限り、こんな大きな災害に繋がるとは思っていませんでした。 今回の災害は、津波と原発被害に因るものを除けば、東日本大震災を越えるほどの大災害だと思います。 繰り返しますが、被害に遭われた方々にお見舞い申し上げます。

7月5日(木)

昨日から強い雨が続いています。 窓を開けれないので、パソコンの熱の為に部屋が暑い。 エアコンはあるのですが、省エネということで、扇風機で頑張っています。

私は、電話代などの明細書は、全てインターネットから取得し、保存しています。 まず、携帯電話の明細を取得。確認すると以前から変っていました。

携帯電話の家族割の内容について、今年の4月からファミ割50がファミリー割に変わっていたのです。 実際に金額は変らないのですが、高くなるオプションに見えます。 電話で確認すると、契約期間が10年超えとなった為だとのこと。 割引が同等で2年縛りが無くなり、今後は1年縛りと緩くなるとのことでした。

もう一つ、OCNの明細書を取得した時に、ついでに契約内容も確認しました。 その中で、ひかり電話の設定が変ってしまっていることに気付きました。 番号通知を常時非通知としていました。 また、国際電話を発信禁止としていました。 特に、後者はハッキング対策としてOCNから推奨されていました。 所が、どちらの設定も無くなっていました。

電話で確認すると驚きの回答がありました。 国際電話の設定はやってくれるが、番号非通知は有料だというのです。 移転手続はしましたが、設定の変更はしていません。 さて何が起きたのでしょうか。

実際は、翌日の回答だったのですが、OCN側の設定ミスと分りました。 若干期間は掛かるとのことですが、無償でやってくれました。

ついでに、以前はオンラインで設定変更ができたはずだったのですが。 今は、全ての設定ができなくなっていました。 その事を質問してみると、また驚きの回答でした。 回答をくれた担当の方も、オンラインで可能との認識だったのです。 私の説明で確認し、できなくなっていると気付いたとのことでした。

今の利用方法だったら、さらなる設定変更は不要なので、回答はお願いしませんでしたが。 OCNにも何かが起きている?

7月4日(水)

夜中の内に、台風は、日本海に抜けました しかし、台風一過とはなりませんでした。 相変わらず、曇天が続いています。

資料の整理をしていたら、住民税の振込用紙が出てきました。 よく見ると、1/4期の振込期限が7月2日でした。 住民税は、年の1月1日の住所で課税されます。 だから、厚木市からの請求です。

請求の資料を見ていたら、金額根拠は、国民健康保険の計算式と同じでした。ムムッ! そこで、閃きました。退職理由の減免処置は無いのかと。

事前に調べて、神戸市では有ると分っていました。 そこで、厚木市の担当部署に電話してみました。 しかし残念ながら、少なくても厚木市では、減免処置は無いということでした。 残念

早々に支払い手続を行いました。 結構高額で、手痛い出費でした。

7月3日(火)

台風7号が佐世保に接近するという予報でした。 午後2時頃の気象庁情報を記録しておきます。 台風は、五島列島の北西部に位置していました。 佐世保から見て、真西に最接近した感じですね。 理論的には、佐世保で一番きつい状況だったはずなのですが。

実際は、夕方の6時頃に風が強くなってきました。 夜遅くまで、強い風と雨でした。 吹き返しという言い方をしますが、ちょっと違うと思います。 吹き返しとは、台風通過で風の流れが変るものです。 そういう意味で、ちょっと不思議な台風でした。

丁度、19:25でした。突然、電灯が消えました。 停電です。私のパソコンは、UPSで動作しています。 家族が不安がるので、こういう時の為の携帯電灯を点灯。

長引くならパソコンの電源をオフする必要はありますが。 2分間程度で回復しました。 割と、久し振りの停電でした。

7月1日(月)

新しい月となりました。 今まで、月初めと月末は、なんとなく意識して書いていました。 でも、よく考えると、このブログが月単位で作成しているだけでした。 日単位で作成したブログを繋いだものと考えればあまり必要ない。 いきなり、どうでも良い話でした。

長崎26聖人の記念碑 長崎の教会群とキリスト教関連遺産が名前を変えて世界遺産と認められました。 その影に、信じ難いことが繰り広げられていました。 私は、カトリック信者として大切な教会が興味本位の視線にさらされることに大反対です。 特に、今回は、潜伏キリシタン関連遺産という名称となりました。 これだと、アウシュビィッツの遺産と変わらない。 所謂、負の世界遺産です。 そういう事に興味を持つ様な観光客が押し寄せて来るということも気になります。

少なくても、長崎では隠れキリシタンという言葉で弾圧に耐えた信徒を称賛してきました。 それに対して、潜伏キリシタンという言葉が、信者の差別のために作られた用語だということを知りました。 潜伏キリシタンとは、主に江戸時代に弾圧に我慢して信仰を守った方々を指す。 ただし、禁教が解かれた後も、隠れキリシタンの教えを守った方々は除くというのです。

隠れキリシタンの内、禁教が解かれた後も旧態の信仰を続けた方々を差別するというのです。 カクレキリシタンがその、差別をするために作られた造語なのです。 なんで、キリスト教を厚い信仰で守り続けた方々をそうやって差別する必要があるのでしょうか(涙)。 フランシスコ教皇も2014年にその事に関して公式コメントを声明。 これを受けて、ローマ教皇庁が隠れキリシタンをキリスト教徒とみなさない理由はないとしたそうです。

もう一つ、カクレキリシタンと差別することの良くない理由を説明します。 ローマカトリック教会は、第2バチカン公会議で教義の考え方を大きく見直ししました。 その結果の中で、重要な事を明確にしました。

本人の側に落ち度がないままに、キリストの福音と教会を知らずにいて、なおかつ、誠実な心を持って神を求め、良心の命令を通して認められる神の意志を、恩恵の働きのもとに、行動をもって実践しようと努めている人は、永遠の救いに達することができる。

まさに、ローマカトリック教会が隠れキリシタンを信徒と同等に扱うべきと示しています。 今回の世界遺産登録は、喜ばしいことに間違いありません。 しかし、その裏に起きていることにも、目を見開いて理解しておくべきだと思います。




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