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2019年9月

9月30日(月)

いよいよ今年の上半期が終わりました。 そして、私が勤める会社の所属も今日で終わりです。 所属していた会社は、日本ビジネスソフトという会社。 佐世保市から直接IT関連の開発を受注しているので、多分佐世保では最大のIT企業。 IT技術者としては、普通なら申し分無い会社でした。

出勤の必要は無いのですが。 社員証などの返却があるので、午前中遅くに挨拶を兼ねて出勤しました。 一緒に仕事をした方々にも挨拶はしたのですが。 一番お世話になった方は、月末処理で不在です。 かなり寂しく、最後の勤務を終えました。

そういうことで、とっても慌ただしい月末でした。 実際は、月が明けても別の忙しさに追われて、ブログ掲載はとっても遅れてしまいました。 詳細は、ここでは説明しませんが。 来月のブログを参照下さい。

9月29日(日)

何時もの様に、家内がどこかに行こうと言います。 今日は、初めての唐津。唐津城とかいろいろあります。 母を誘って、向かいました。 佐世保から唐津には、伊万里を過ぎたところから、西九州自動車道が整備されています。 割と早く着くことが出来ました。

唐津の虹の松原 唐津と言うと虹の松原。 初めてで勝手は分からないのですが。 案内に従って鏡山展望台に登りました。 虹の松原の前に高台となった鏡山展望台。 そこから虹の松原の風景を撮影しました。 トップページには、パノラマで掲載してします。

でも、この撮影は簡単ではありませんでした。 この場所は、鏡山公園というのですが。 一番高いと思われる場所は、佐用姫神社という場所。 しかし、高過ぎて安易に母を連れてはいけません。 取り敢えずはと、私のみ走って行ってみました。 確かに展望は良いのですが。 佐用姫神社は、その伝説を除けば大した場所ではありませんでした。

家内と母は、駐車場の近くの売店と池で楽しんでいます。 私は、佐用姫神社の反対側の鏡山展望台まで走っていって撮った写真でした。 家内も母も、そこまで行かなくて良いというので、帰って写真で見せることにした次第でした。

虹の松原の近景 鏡山公園を降りたら、実際に虹の松原の中に入ってみました。 一部分を切り取ると、こんな感じです。 こんな感じで松原が続いています。 しかし、それでも風格を感じませんか。

唐津城の展示物 もう一つの唐津の見所は、唐津城です。 唐津城に着くと、いろいろと大変でした。 唐津城の有料駐車場は、道路を挟んで反対側にあります。 普通に駐車して向かったのですが。 道路は、横断禁止。地下道を通って行く必要があります。 しかし、地下道へは階段。高齢の母を連れては過酷でした。 でも、その程度ではありませんでした。

唐津城に近付くと、正規の入り口に、有料エレベーターが説明されていました。 正規の入り口だと231段の階段があります。 有料とは何だと思いつつ、母を案内しました。 正規の入り口から500m程、左側に行ったところにありました。 一般で100円。しかし、70歳以上の方は無料でした。 家内は、母の付添なのですが。 本人も辛いのは嫌なので、支払って乗っていきました。 当然、私は、500mを戻って階段です。

あまり待たせたくないので、当然ながら走って登りました。 そうやって、お城の入り口に入りました。 入り口から受付までまた階段。 母の事を気遣いながら、入場券を購入して入場ゲートに入ろうとしました。 そこで気付きました。入場ゲートを通ると、天守閣まで階段です。

一旦戻って、担当の方に念押ししました。 すると驚きの回答がありました。 「嫌だったら払い戻しします」 既に梯子を外されている状態で過酷な階段を強要して来ました。 母は、ちょっと意地張りのところもありますので、大丈夫といって入っていきました。

入ると「撮影禁止」と張り紙が出ていました。 どの程度かなと疑問に思って、近くに居た警備員に聞いてみました。 そうすると、細かい話をする前に「良いですよ」の返事。 誰もが撮っているので、煩いことは言わないというのです。 何だか変!

でも、何となく掛かりました。 天守閣で外の写真以外に撮ったのは、この鎧の写真のみ。 殆ど、写真を撮る程に興味を示す展示物はありません。 なるほど!

唐津城 一杯写真は撮ったのですが、きりが無いのでお城は一枚のみ。 季節には、藤棚とコラボするという風景です。 かなり大きな藤棚がありました。 ただ、母達は、エレベータで降りたので、私のみで向かって撮りました。

唐津市の唐津城のサイトを見ると、バリアフリー情報と大々的に記載されています。 しかし、実際は、殆ど理解していない事が分かりました。 ちょっと残念ですね。 でも、風光明媚と面白い体験をありがとうございました。

9月28日(土)

月末に退職するので、挨拶代わりのお菓子を買いに行きました。 佐世保市では老舗のもち吉というせんべいのお店。 美味しいお菓子が買えました。

豪華客船 COSTA SERENA 今日は、ケンタッキーフライドチキンの鶏の日です。 厚木では結構食べていたのですが、佐世保ではお店が遠い。 久し振りに買いに向かいました。佐世保市の五番街です。

港に近くなので、豪華客船が止まっているとすぐ分かります。 豪華客船 COSTA SERENA。優雅な船体です。 丁度、高速船が通り掛かりました。 五島に行くのか、黒島に行くのかは分かりませんが。 何となくコラボしてくれました。

移動の途中で懐かしいお店の看板を見つけました。 ゴーゴーカレーというお店。 昨年の4月26日に、長崎に無いと言っていたお店。 なんと、今年の6月に佐世保に上陸していました。 場所的に、行き難いのですが。その内に!


9月27日(金)

そういうことで、水曜日からお休みを頂いています。 昨日から、長崎の姉弟を訪ねました。 10月から新しい仕事に就くので、どうなるかよく分かりません。 報告を兼ねての訪問でした。

ペントハウスで宿泊 宿泊を伴うので、事前に予約してホテルに泊まりました。 予約の時点で混んでいると言われました。 長崎大学で学会などがあると結構混むそうです。 それが幸いしたのか、何時ものシングルの部屋ではありません。 最上階のダブルの部屋でした。 これって、多分ペントハウス?

丁度、窓から私が卒業した南山小学校のお御堂が見えています。 右側は、岩屋山。結構高い山です。 刹那的な話ですが、ちょっとだけ楽しみました。

当初は、3日間の予定でしたが。 上記で説明した事情で宿泊が取れませんでした。 両親のお墓をお参りして、佐世保に向かいました。

9月25日(水)

9月21日のブログで報告したトリマーが届きました。 ヘアカットというより、耳に掛かった髪のトリミングです。 まだ、切らないといけない程は伸びていないのですが。 試しに使ってみることにしました。

切った髪がどれほど落ちるかも分からないので、お風呂で裸での利用。 使ってみて、まずまずの切れ方でしたが。 分かった事があります。

当たり前の事なのですが、ザクッと行く感じ。 うまく、トリマーを手に馴染ませて、必要な部分のみトリミングしないといけません。 そうしないと、悲惨な髪になるなと実感した次第です。 でも、便利なツールが手に入りました。

9月24日(火)

最後の奉公で佐々町に出張です。 午前中に終る予定だった仕事は、少し長引いて午後にずれ込みました。 勤怠管理上の出勤日は、今日のお昼まで。 午後から月末までは、有給年次休暇でお休み。 仕事が終ると、片付けの為に、本社に戻りました。

有給休暇の時間帯となるのですが。 今日は、いよいよ最後とパソコンのデータ削除などいろいろと作業がありました。 NTT先端総研を退職した時も同様な手続きをしたのですが。 今回は、持つものがが少ないせいか、比較すると簡単。 しかし、結果的に午後半休なのに夕方まで掛かってしまいました。

月末日にも来るのですが、一番お世話になった方々は、月末で忙しい。 だから、今日、最後の挨拶をしました。 ありがとうございました

夕方に望む宇土越からの風景 そんな感じで、三川内に通う毎日は終わりとなるのですが。 通勤路の風景が気になっていました。

宇土越を越える道路。里美トンネルの手前の風景は何度も見ています。 宇土越から三川内の先、波佐見から虚空蔵山を望むのですが。 夕方になると、八天岳から隠居岳の山並みが影を落とします。 その風景を撮りたいなと思っていました。

偶々なのですが、時間帯が丁度でした。 何となく、希望していた写真が撮れました。

9月23日(月)【秋分の日】

秋分の日というと、お彼岸です。 お彼岸というと、秋分の日と春分の日の前後3日間と合わせて7日間の雑節。 私自身は、彼岸というと、彼(かの)岸との理解。 つまり、対岸と素直に考えていたのですが。 勿論。この世の此岸に対する対岸という意味ですが。

少し調べると、まったく意味が違うことが分かりました。 私が書いた意味では、此岸と彼岸の間に流れる川は、三途の川となりますが。 Wiki「彼岸」では、違うと解説されていました。 解説のまま、説明を引用します。 「此岸と彼岸の間の川は、煩悩を越え、涅槃に至る川」だそうです。

涅槃とは、仏教でいう高僧が煩悩を滅尽した境地のこと。 至る過程を般涅槃という。 例えば、釈迦の入滅は、特別なものとして大般涅槃と呼ぶそうでする つまり、簡単に言うと「彼岸は涅槃」です。

分かりましたか? 一般にお彼岸というと、先祖を尊んで敬い、お参りする日だと思いますが。 実は、高僧が入滅し、到る涅槃とその過程を指していたのです。 Wiki「彼岸」では、この違いをこう説明しています。 涅槃を極楽浄土に重ねた。 その極楽浄土は、太陽が沈む西方にある。 昼と夜が同じ長さとなる、秋分の日と春分の日に遙か彼方の極楽浄土に思いを馳せた。 それが転じて、祖先供養の行事へと趣旨が変わって定着したと。

如何でしょうか。何となく感じていたお彼岸と違ったものが見えてきませんか。 また、一つ賢くなったかな?

ヤフーオークションでスマホアプリをインストールすると500円引きのクーポンがもらえるという。 丁度、購入したいものが有ったので、インストールして見ました。 すると驚きの仕様にびっくり。

ヤフーオークションのアプリは、ログオフが無いのです。 そして、スマホアプリは、削除しないと動作し続ける。 あり得ない。大嫌いなYahooのアプリが動き続けるなんて。 500円の為だ、我慢しよう!

9月22日(月)

先月末頃にスピーカーを購入して、4チャンネルステレオにしたと報告しました。 先週の事だったのですが、リサイクルショップでスーパー・ウーファーのセットを購入しました。 元々は、DENON社のアンプがセットの5.1chコンポだったものらしいのですが。 スーパーウーファーとメインスピーカーの2個がセットとなったもの。 つまり、2.1chスピーカーセットということですね。

目的は、スーパー・ウーファーだったのですが。 購入後に失敗が分かりました。このウーファーはスピーカーのみのもの。 一般に、スーパーウーファーというと、アンプが付いたものを指します。 ところが、このスーパーウーファーは、別にアンプが必要だったのです。 そして、私が持っているアンプのスーパーウーファーの出力には、メインアンプが付いていない。

でも、付いていたメインスピーカーは使えました。 本来のメインスピーカーに使うには、ちょっと小型なのですが。 センター・スピーカーとしての活用は可能。 そういうことで、センター・スピーカーを追加しました。 厚木に居たときと同じ5chスピーカーシステムの完成です。 それぞれのスピーカーは、リアを除いて、かなり小さくなりましたが。

さて、困りました。大きなスーパー・ウーファーは、どうしよう。 何時もの様にAmazonで調べてみました。 手頃な出力のアンプがいくつかありました。 本来は、ケースに収納して工作が必要なもの。 でも、ウーファーの後ろに固定は可能なので、そのまま使えるかな。 USB電源で動作するものを発注しました。乞うご期待。

9月21日(土)

床屋に行ってきました。 夏は刈り上げるので、短くなります。 この時期は、少しずつ伸ばすので、切る間隔も長くなります。 ちょっと久し振り?

そういうことで、バリカンは使わなかったのですが。 バリカンとは別にトリマーを使って細部を整えていました。 バリカンとトリマー。何となく閃いてきました。

夏の短い髪から冬の長い髪に移る時に床屋に行く理由。 それは、耳のところに掛かる髪が邪魔だからです。 でも、耳に掛かる髪は、自分で見えるので、切ることは可能です。 トリマーが有ると、なお簡単だろうと閃いたのです。

何時もの様にAmazonで物色するといくらでも出ていました。 その殆どは、バリカン兼トリマーという機能です。 バリカンらしくなくて、トリマーの様な形なのですが。 バリカン用のアダプターが付いているという代物。 注意点も分かりました。 トリマーの可動刃がプラスチック製があるらしい。 流石にそれは避けて物色、購入しました。 また、使ったら報告いたします。

9月18日(水)

会社の仕事で久しぶりに佐々町に来ています。 いつもながら、佐々町の風景が綺麗で感動します。 そういう中あらためて、写真に収めたいと思ったシーンがありました

長崎鹿町ウィンドファーム 鷲尾岳風力発電所 佐々町からは、2つのウィンドファームが同時に見ることが出来ます。 そう、風力発電機が立ち並ぶ風景です。 一つは、以前も報告した長崎鹿町ウィンドファームです。 佐々町から見ると北西方向。 もう一つは、鷲尾岳風力発電所です。 吉井町の西側の鷲尾岳の山麓に設置された風力発電機群。 佐々町から北東方向に見えます。

これ程大きな2つの風力発電機群を同時に見れる風景は、珍しいと思っています。 同時に写った写真にすると、それぞれは小さいので、迫力はあまりないかもしれません。 トップページには、全体を掲載しましたが。 ここでは、それぞれの拡大写真を掲載します。 合わせてご覧ください。

佐々町に来ているのは、会社の仕事で佐々町のお客様のところに来ていました。 話は変わるのですが、少し衝撃的な報告をします。 実は、今日のブログも相当に遅れて記載しています。 なんとなく、報告しにくいなと思っていたのですが。 遅れついでに書き易くなりました。

SEの仕事は、ともて楽しくて気に入っていました。 単にSEというより、ネットワークとサーバ、それにパソコンの技術をフルに活用出来ました。 昨年末から勤めて、技術の仕事が出来て嬉しい限りでした。 そうだったのですが一方で、会社が準備する労働環境が社員の方向を向いていないのがとっても嫌でした。 私自身というよりも、一般の社員に対して整備がされていない。 そういう中での仕事は、相当なストレスとなっていました。 それに、技術者として相当に低賃金というのも何となく納得出来ませんでした。

そういうことで、別の仕事を探していたのですが。 ある意味、面白いことに気付きました。 昨年から、IT関連の求人6社に応募しました。 今の会社は、面接後に採用してくれたのですが。 他の5社は、面接すらしてくれませんでした。 その意味することは。

履歴書には、全ての能力を書いていませんが。 経歴を見れば、技術的に問題は無いと思うのですが。 面接もしないとすれば、年齢条件しか考えられません。 つまり、少なくても私の年齢では、佐世保でIT関連の求職は難しい。 これが、再度の転職を試して得た結論でした。

今回の転職では、本格的にIT関連から離れた職を予定しています。 詳細は、不定部分が多いので、落ち着いてから報告します。 今の会社は、9月末で退職となります。

佐々町の仕事はもう少し続きます。 午後には、本社に戻ったのですが。 出張と有給年次休暇があるので、正式な本社勤務は、今日で終わり。 その後、半休で出勤する予定はあるのですが。 いろいろと退職の準備を済ませました。

9月16日(月)【敬老の日】

敬老の日というと、いつもの様にお婆ちゃんが主役。 午前中は、親戚が救急車とか、いろいろと有ったのですが。 かなりブライベートな出来事だったので、省略します。 お昼には落ち着いたので、昼食はみんなで会食。 美味しく頂きました。

昨年の8月18日に一度行ったことは有ったのですが。 ご利益が重なるかなと、世知原の弦掛観音に行ってきました。 世知原の山手にある弦掛山西福寺です。 詳細は、昨年の記事とかFaceBookを参照ください。

弦掛観音の奥の院 勿論、お婆ちゃんの敬老の気持ちも大切なのですが。 カメラが1ランク良くなったので、それなりの写真も撮りたいのも確か。 奥の院をフルサイズで撮影すると、確かに構図がスッキリと収まったと思います。 如何ですか。

弦掛観音の稲荷大明神と大岩 この奥の院は、岩山の大洞穴となっているのですが。 大岩が並んでいます。入り口の左側は、稲荷大明神です。 大明神よりも、縦長の大岩が圧巻。 大岩の隙間を通ってみましたが。 この地の地質が伺える体験でした。

少し時間が有ったので、ちょっと探検しました。 世知原には、県立の少年自然の家があるのですが。 その先、林道というより山道を探検。 かなりマニアックなので報告は省略します。 無駄な林道走行という感じかな。

帰りには、もっと山奥を探検することにしていました。 平川原溜池といいます。 佐世保最高峰の国見山から、多利山、小塚岳と高い山が続くのですが。 その先の石盛岳までの高地の中央部分に割と大きな池があります。 自宅に戻るルートからは、山道に入るのですが。 予定通りに向かいました。

平川原溜池と高圧送電線 平川原溜池は、印象として普通の溜池。 山奥のある大きな池という感じなのですが。 一番、大きな特徴は、池の中央部分を横切る高圧送電線。 ここは、魚の釣りは禁止されていない様子。 釣り人に釣り糸が、高圧線に触れないように注意書きが出ていました。 見た感じでは、高圧送電線まで10m程度しか無さそうでした。

平川原溜池のポツンと一軒家の場所 ここに来るには、googleマップでルートを調べる必要があります。 調べてみると、池の近くに一軒家があります。 最近、話題の番組でポツンと一軒家があります。 まさに、ポツンと一軒家が有ったのです。 Googleマップから切り出したポツンと一軒家の航空写真です。 真ん中あたりの小さな赤い四角が実際の場所です。 右側の大きな赤い四角は、その拡大写真です。

平川原溜池のポツンと一軒家 テレビのポツンと一軒家は、実際に人が住んでいる事を確認して取材しているのでしようか。 ここは、人が住んでいる感じはしませんでした。 ポツンと一軒家ということに違いは無いのですが。

9月15日(日)

一月に1回程度は、体組成を測定していることは、時々話題としています。 今日測定した結果が驚きだったので、是非報告したいと思います。 何と、体重が64.8kgでした。 調べると、就職して暫くしてから後の記録は大体取っているのですが。 で、こんな低い体重となった事が無いという話です。

この話をすると時々、大丈夫?と聞かれます。 その時は、自信を持って大丈夫と答えています。 最低体重のピーク(凹み)は、2〜3年置きにやってきます。 その間、幅で3〜4kgの変動があります。 ある程度の期間で平均すると年率1kg弱の減少をここ15年間ほどずっと継続しているのです。 その結果、元々75kgの体重が65kgまで減ったというだけなのです。 あまり考えなくても、心配には及びません。

昨日、掲載した郷美谷池のパノラマ写真Instagramに掲載しました。 ところが、パノラマで掲載しても、左右が切り取られた写真が載るだけ。 まったくパノラマの意味がありません。

一般には、インスタ映えと話題となっていますが。 私は、取り敢えずの写真館として、自分が気に入った写真を掲載する使い方を考えていました。 しかし、パノラマだから綺麗となる写真が掲載できない。 私にとっては全く役に立たないInstagaramという事が分かりました。

因みに、この事を不満に思っている方も多い様です。 そうして出てくるのが、代替え方法として分割してスワイプする方法です。 要するに、パノラマ写真を分割してページめくりする方法です。 私には信じ難い話。Instagramは使えない!

9月14日(土)

以前から義理の従姉のノートパソコンをWindows10に上げて欲しいと頼まれていました。 朝から、実行に移しました。最初は、Windows Updateから。 一通り終わったら、Windows10のインストール。 これで、5台目かな。いつもの通りに順調に完了しました。

いつもの様に、家内が休日になるとどこかに行きたいといいます。 今日は、あまり行ったことが無い早岐。 なんでも、美味しい100円パンで有名なBelle`boisというお店。 フランス語で、ベルボアと発音します。 店紹介では、「ベルボアーズ」と記載されていますが。 事前にGoogleマップで場所を調べたのですが。 これがとんでもないことに。

早岐に向かうルートは、3種類あります。 普通に国道を通る道。それから、何時もの烏帽子岳の近くを通る山道。 もう一つは、私の通勤路となる里美トンネルを通るルートです。 行きたいところが有ったので、3番目の宇土越を通るルートにしました。

郷美谷池 Googleマップで里美トンネルを見ると、丁度真上に大きな湖があると分かります。 場所は、南側の隠居岳から八天岳、国見山と佐世保の最高峰が連なる場所。 相当な高地であると分かります。 その畔まで道があると分かっていたので、どうしても行きたかったのです。 天気もまずまず、向かってみました。

その湖は、郷美谷池と名前が付いています。 ここに掲載した写真は、「郷美谷池」で検索するとよく出てくる写真と同じです。 古さや懐かしさを感じさせる石橋がなんとも言えない風景となっています。 湖の全体像は、またパノラマにして掲載しています。 お楽しみください。

さて、この郷美谷池の読み方が面白いのです。 ごみだにいけと読みます。 ゴミ谷?? 漢字が示す美しいイメージと間逆さが面白いと思いませんか。 そして、この「郷美」の名も興味深い話。 この地は、里美町です。里と郷は、同じ意味の漢字で、どちらも「さと」と読むことができます。 現時点として、郷美は、「ごみ」と入力しても変換できません。 「さとみ」と入力して変換しています。

中川浅雄翁靈  この湖の畔に「中川浅雄翁靈」という石碑が立っています。 どうみてもお墓の形なので、中川翁のお墓だと思っていたのですが。 帰宅して調べると、昭和初期にこの池が農業振興の為に作られたもの。 その時に、事業を推し進めたのが、旧柚木村の村長だった中川浅雄氏だったというのです。 その解説には、顕彰碑と説明されていました。 刻印から霊廟といっても間違いでは無いでしょう。 当時の柚木村の形や規模を想像すると面白い。

なお、この郷美谷池をもう少し紹介しておきます。 ダム便覧にも掲載されている、佐世保市が管理するダム湖だそうです。 有効貯水量が450,000㎥となっています。 実際に貯水池とかダム湖とか記載がある湖を除けば、佐世保市で最大級だと思います。 そして、地理院の地図で標高を測ると、約530mです。 多分、そういう池の中でも最高峰だと思います。 だって、烏帽子岳の山頂駐車場と同じ標高ですよ。

もう一つ、郷美谷池を検索すると面白い情報が出てきました。 石木ダムの建設に反対している方が纏めているページです。 その賛否には触れませんが、石木ダムを佐世保市水源とする機能に対する話です。 この郷美谷池は、近くの転石ダムの1.3倍の貯水量があると説明しています。 その数値はともかく、佐世保市には無尽蔵という言える程にこういう池があります。 これらを水源に転用すれば、水源としての石木ダムは、まったく不要だということです。 水不足という問題に限定して考えた場合ですが。 川棚町という他自治体の土地ではなく、佐世保市が保有する池で対応が可能だったのです。

そこから、まっすぐ早岐を目指して、Googleマップに掲載のBelle`boisを目指しました。 しかし、その場所に着いてびっくり。何もありません。 川の畔に民家が数件。どうみてもお店がある場所ではありません。 一旦は諦めて、色々なお店がある早岐の町を走り回りました。

そこで思い出しました。Belle`boisをネットで検索した時のことです。 食べログに店舗紹介がありました。 店舗の住所をgoogleマップで検索すると、上記の何もない場所を示していました。 しかし、食べログの地図は、まったく別の場所を指していたことを。

そうやって、Belle`boisにたどり着くことができました。 流石に夕方近くとなり、美味しいパンは殆ど残っていませんでした。 ただ、場所の不思議の原因みたいなものが見えてきました。 現在のBelle`boisの場所は、元々は、ワンミリオンベーカリーというお店だったとか。 代替わりする前のBelle`boisがどこに有ったとかは、やっぱり分からないのですが。 それから、元の名前が100(万)円パンという意味の名前というのも面白い。 「万」とは、どいう意味なのでしようか。今は、100円パンのお店です。

早岐瀬戸の一番狭い海峡 ここからが、今日2つ目の見どころです。 佐世保市と長崎市を結ぶラインに、針尾という地名があります。 早岐から西海橋までの長い区間なのですが。 実は、この針尾は、針尾島という大きな島なのです。 大村湾に蓋をする様に鎮座する島。

もう少し解説すると、西彼半島と針尾島の間は、西海橋が掛かる海峡となっています。 海峡幅は、約200mで、潮の満ち干で大渦巻が巻くことで有名です。 針尾島が佐世保本土と接する先が早岐です。 その間にあるのが、早岐瀬戸です。 全長10kmもの長い瀬戸。その海峡幅の一番小さな場所が写真の場所。 Googleマップを拡大して測定すると約8mしかありません。 ここも同様に潮の満ち干で流れが変わるのです。 しかし、10kmもの瀬戸を流れるので、全体としてはそれ程の急流になりません。 その中で一番の急流が写真の場所ということになります。

この記事を書く時に調べたのですが。 西海橋が渡る海峡は、針尾瀬戸と名が付いていました。 こちらは、googleマップで測定すると全長約4.5kmでした。 海峡なのか、瀬戸なのか、感覚は、上記の説明で出てきた文章なのですが。 正しくは、瀬戸は海峡の小さなものを指すそうです。 写真の様に狭まった部分の名称は、分かりませんでした。

ここまで来たら、先日寄ったバーガーショップあいかわに、もう一度寄ることにしました。 あるのは、針尾パイパスの中。 ところが、途中のインターでは、相川を目指すことができません。 江上インターまで回ってからの道のり。 なんで、こう「遠回りなの」と愚痴に言いつつ、寄ることができました。

今日の4つ目の目的は、肉のあいかわの商品調査。 ステーキハウスも併設する大規模な和牛の肉店です。 どの様なお肉が置いてあるだろうかと寄ってみました。 流石に専門店でした。100g1500円の牛肉がスタンダード。 1kgの間違いではありませんよ。100gで1500円の牛肉です。 これが一番安い肉でした。当家では、高嶺の花です。

9月12日(木)

今日、デジカメが届きました。家内が自分用が欲しいというのです。 以前は、割と安価なものが出ていたのですが。 最近は、新品で安価なものが無くなっていました。 初心者用の練習用なら中古でも良いかな。 そういうことで、初めてAmazonで中古のデジカメを購入しました。 機種としては、割とハイスペックで、私が使っても良いというレベル。 勿論、コンパクトデジカメとしてですが。 価格が安かったのでどうかなと思いつつ、使い始めました。

電源を入れてびっくり。レンズが出てきても、前部のスリットが開かない。 無理やり開けることはできるのですが。 電源を切るとレンズは引っ込むのですが、やっぱりスリットが閉まらない。 レンズ鏡筒がスライドして伸び縮みします。 レンズ前に4枚の羽が付いていて、開いたり閉まったりするのです。 ところが、その開閉がスムーズではないのです。

取り敢えず、この時点で返却はできるのですが。 代わりのものを探しても、こんなに良いものが安価には出ていません。 多分、探すのに2時間位掛けたでしょうか。 やっぱり、良いものだと諦めて修理することにしました。

今、私が使っているコンデジは、落としたことがありました。 その時に、このレンズの前の部分が外れたので、構造は分かっていました。 しかし、無理やりに外すのは、ちょっと自信がありません。 仕方がないので、そのまま、アルコールを浸して、只管開閉

多分、数十回は浸して、開閉したでしようか。 まだ、スムーズではありませんでしたが。 その効果を確認出来たのは、翌朝でした。 アルコールが完全に乾いたら、正常に戻っていました。 良い買い物でした。

9月11日(水)

久し振りに佐々町で仕事をする日でした。 今年の2月頃に毎日と通った場所です。 だから、昼食を摂る場所もいくつかの中から選んで頂けます。 久し振りの食レポです。

山小屋の炒飯とハーフラーメン 場所は、山小屋というラーメン店です。 ラーメンは、割と美味しいと思っています。 そして、最近、炒飯を頂いていないと思って、是非とも炒飯を食べたいと思いました。 そこで、普通の炒飯にハーフラーメンというセットを依頼しました。

まず、出てきた料理を見て唖然。そうでした。 以前、家内と来た時に半炒飯を食べたことがありました。 その時に、これは炒飯では無いと理解していました。 すっかりと忘れていました。 ここの炒飯は、どちらかというと炊き込みご飯を軽く炒めた感じ。 私が知っている長崎の炒飯は、ラードでしっかりと炒まったもの。

しかも、おまけが続きます。 ここのラーメンは、山小屋ラーメンで少し特徴があります。 しかし、ハーフラーメンは、なんだか並ラーメン。 更に最悪な事に、容器が小さいので早々と冷めてしまいました。 熱くないラーメンは、ラーメンで無い。 散々な昼食でした。

9月10日(火)

ネットニュースで少し気になる記事を見つけました。 『クマムシ研究して約20年…「何の役に立つの?」それでも選んだ理由 「だって、見ちゃったから」』というタイトルです。 記事には、当然のことながら、クマムシの解説。 1mmにも満たない小さなムシ、海にも川にも、土の中にも、何らかの種類のクマムシがいます、と。 この虫も興味深いのですが、少し違った話題です。

この生物は、単為生殖をするのだそうです。 同種に巡り合う可能性が殆ど無い。 それで、性はメスで単為生殖するというのです。 でも、まだ本題ではありません。

その殆ど出会う可能性が無いことをどう表現していたと思いますか。 『・・・と考えると無理ゲーすぎます』???

この記事を書いた記者の自己紹介は、載っていませんでした。 しかし、世代が分かります。 しかも、常識が崩れかかった世代だと言うことも。空恐ろしい。

9月9日(月)【重陽の節句】

1年の内、最後の節句となる重陽の節句です。 2011年に記事にちょっとだけ触れて、昨年は亡き岳父の事にも触れています。 しかし、今まで、詳しく解説したことがありませんでした。 もっとも、こういう祝日などを話題にし始めたのは、2011年頃から。 その頃は、話題に事欠いていたのかな?

重陽の節句の「」とは、陰陽思想の陽のこと。 1から9までの数字で、偶数は陰、奇数は陽とする。 その中で最大の陽である9が重なる日。 それが重陽の節句の言われ。

陽が重なるからお祝いという簡単にものではなかったそうです。 最初は、陽の気が強過ぎて不吉とされ、お祓い行う日だったとか。 その内に、邪気を払い、長寿を祝うと段々にお祝いに変わってきたとか。

重陽の節句は、別名菊の節句と呼ばれています。 旧暦の重陽の節句が丁度菊が満開となる時期と重なるのです。 新暦の9月9日は、1ヶ月以上も早いので実感できませんが。

23台もの対向車が連なっていた 朝の出勤時の事でした。 いつもの様に裏道を通って山道を目指すのですが。 その裏道で、対向車の数が異常に多かったのです。 表通りが混むので、皆が利用しているのですが。

帰宅した後、ドライブレコーダーで数えてみました。 写真の列で繋がっていたのは、23台でした。 もっとも、前後にも塊はあったのですが。 この23台が一番大きな塊だったということ。

私もその一員なのですが。 住んでいる方々に申し訳ない。 ゴミ出しに渡れずに困っていたかも。 月曜日、燃えるゴミの日でした。

9月8日(日)

佐世保市では、黒島が世界遺産の構成要素だと話題となりました。 黒島は、カトリック黒島教会以外に見るところがあまり無いので、興味もそこそこ。 でも、車で黒島が見えるかもしれない場所という意味で、佐世保市大潟町にある大崎鼻に行ってみました。

黒島へ無線LAN 大崎鼻には、道がないので行くことは出来ませんでした。 予想はしていたのですが。 残念ながら、黒島と高島も目の当たりという訳には行きませんでした。 写真は、黒島と高島に佐世保市がネットワークを接続する無線LANのアンテナです。 事前に知っていたので、写真に収めました。

地蛇島 帰ろうと、大崎の海岸縁を車で走ったのですが。 湾の中の沖に面白い風景の島がありました。 遠目ですが、面白そうな岩肌の飛び出た岩々が見えています。

いつもの様に、どういう島なのかネットで調べたのですが。 少なくても、googleマップでは島の名称は出ていませんでした。 そして、いつもの様に地理院の地図で調べてみました。 見えている島は、地蛇島という名称でした。 そして、右側1/3程は、その先にある蛇島という島でした。 蛇島の方は、カッコ付きで中蛇島という名称も付記されています。

ネットで調べると、殆ど情報はありませんでした。 Wiki「蛇島」に全国の蛇島と呼ばれる島を紹介しています。 「九十九島の1つ。隣の地蛇島と並んで中蛇島とも言う」と解説されていました。 別のサイトでは、地蛇島の事を大蛇島、中蛇島の事を小蛇島と説明。 おおじゃじまという読み仮名まで書いてありました。

九十九島の一つとは、場所柄無理がある様に感じますが。 島の形容は、間違いなくその仲間でしょう。 そして、天然の防波壁となって、港を守っています。 解説がなくても、よく分かります。

本日、社内報FUJITSUが届きました。 富士通は、卒業生を社友会として纏めています。 その社友会報と合わせて、直前の雑誌の1〜2冊を送ってくれるのです。 今回は、6月号と8月号が入っていました。

6月号というと、株主総会がありました。そして、役員人事の見直し。 毎回、この時期の雑誌で、役員一覧を見ているのですが。 私が居た頃から残っている役員は、とうとう三人となりました。 その一人は、直前の社長の山本さんです。 だから、正確には二人かな。と思ったのですが。

勘違いでした。目に入ったのは、向井千秋という役員。 そう、宇宙飛行士の向井さんが社外役員として起用されていました。 調べると、私が知っていた役員は、伊東千秋さんでした。 男性役員だったのですが、その女性的なお名前から今でも覚えています。

私は、トータリゼータという競馬競輪のシステムの担当者だったのですが。 在宅投票端末の設計にあたり、当時の富士通のパソコンTownsを流用設計することになったのです。 その時に、その開発を許可したのが伊東千秋さんでした。 30年位前の物語です。(笑)

9月7日(土)

毎朝、朝食には、8枚切りの食パンをトースト、ハムと野菜を挟んで食べています。 色んな野菜や、チーズの他、卵などバリエーションはあるのですが。 不思議な程に満足しています。

しかし、最近、時々、高い食パンを頂いています。 高いといっても一斤で300円程度です。 普段は、税別で89円程度なので、その贅沢さが違います。

この週末ではなく、しばらく前の事だったのですが。 近くのスーパーエレナで、「パン・ドゥ・ミー」という食パンが出ていました。 そこで、店員に「切っていないパン・ドゥ・ミーはありませんか」と聞いたのですが。 その店員は、商品名が理解出来ない様子。 結果として、切ってないものが無かったので、買わなかったのですが。

当家では、私は薄目が良いので8枚切り、家内は普通に6枚切りを頂いています。 最近は、週末に両方が無くなるタイミングに合わせて、少し高級な食パンを買うことにしています。 昨夜、そういうタイミングだったので、エレナに寄りました。 そして、その日も切っていないものは無かったのですが。 今日は買うぞと、そのパン・ドゥ・ミーを6枚切りで買ってきていました。

この手の食パンは、モチモチして、柔らかいのが特徴。 買ってすぐは、焼かずに頂きます。 そうやって、特に美味しい朝食を頂くことが出来ました。

パン・ドゥ・ミーという名称は、いろいろなメーカーで使われています。 そこで、どう意味なのか調べてみました。 フランス語なのですが、"pain de mie"と書きます。 "pain"は、英語の痛みを表すペインと同じスペルです。 フランス語では、そのまま日本語のパンという意味です。 全体で「中身があるパン」という様な意味となります。

その理由は、簡単。みなさんも良くご存知のフランスパンです。 フランス語では、"pain traditionnel"と書きます。 伝統的なパンという意味でしょうか。 そう、フランスでは、焼いてパリパリした部分が多いパンが多く食べられているとのこと。 それに対して、中が柔らかいパンが食パンの名称だったのです。

日本では、食パンにフランス語の食パンという名称を付けている。 面白いでしょう! 多くのメーカーがパン・ドゥ・ミーと書いているのですが。 発音を調べると面白い。簡単にパンドミと発音するのですね。 日本人らしい、和製フランス語だったのですね。

9月5日(木)

今の会社に行く時に、三川内駅の所でルートが別れます。 正式には、国道を駅の裏で右折して、ループ状の橋を渡って鉄道を越えるルート。 一番、遠回りとなります。 今は、駅の手前の踏切を渡って、通るルート。 3つの中では一番近いルートです。 今日の話題は、2番目のルートです。

三川内駅のプロテスタント 国道を駅の裏を通り過ぎると、佐世保寄りに大き目の踏切があります。 そこから、駅の正面の狭い道を通り抜けるルートとなります。 路線バスも利用しています。 その線路を渡ると大きな看板が出ています。

そこには、「キリストは罪を取り消す」と書いてあります。 初めて見かけたのは、昨年末の事でした。 ひと目見て、大きな間違いをしていると嫌な思いをしていました。 紹介したいと、写真撮影を考えていたのですが。 やっと、写真に収めることが出来ました。

カトリックの教えでは、こうなっています。 イエス・キリストに依って、罪の許しが可能となった。 それまでは、罪を犯したものは、死んでも許されなかったのです。 イエスは、自身の死を以て、その許しを可能にしたのでした、が。

正しくは、「悔い改めるものは許される」です。 この看板は、プロテスタントが信者を求めて掲げたものだと考えなくても分かります。 しかし、悔い改めが無い罪人に許しはありません。 それにも関わらず、誰でも罪の許しがある様に宣伝している。 まさに宣伝文句なのです。私にとっては許し難い。

まあ、入信した後、その点を説明してくれるのでしょうが。 何度見ても頭に来ます。 最近の事件の犯人は、悔い改めを感じない犯人が多いと感じています。 その点は重要だと思います。

9月4日(水)

夕方に佐世保市吉井町で仕事を予定していました。 皆瀬町という所から、山道を通るルートでした。 途中、大型トラックと軽自動車が先行していました。 上り坂なので、大型トラックを追い越すことになると思っていたのですが。 前の軽自動車がトロくてタイミングを外されてしまいました。 軽自動車を追い越しした頃には、大型トラックがかなり先行してしまいました。 結果的に、登坂路の途中では、大型トラックには追い付きませんでした。

そうは行っても、流石に大型トラックでの登坂路。 徐々に車間が詰まって追いついたときでした。 そのトラックが減速し止まってしまいました。 前にバスが止まっている事は、何となく分かったのですが。 トラックは、ウィンカーも点けずに止まっています。 普通に横をすり抜けようとしたときでした。

既に、私の車は、真横まで来ているに関わらず、その大型トラックが反対車線に出てきました。 私の車は、その時点である程度の速度は出ていました。 タイミング的に可能だと判断し、さらに加速して抜けました。 接触はありませんでした。

YouTubeに掲載した動画を見ると分かると思います。 私が止まったとしたら、このダンプカーに潰されていました。 怖いことです。

このYouTube掲載は、当日からある程度経ってからでした。 掲載して間もなく、低い評価が沢山付いてきました。 何でだろう。私の運転が自分の車を守ったのに。 そして、そういう怖い思いをしない為の教訓にもなると思うのですが。 まあ、その程度の見方しかしてくれないのでしょうね。 もう掲載するのは止めようと感じた次第です。

9月3日(火)

通勤路にある宇土越を度々話題にしています。 佐世保から有田や伊万里に抜ける峠は、国見峠と宇土越の2つの峠です。 国見峠は、国見山があり、一連の連山を超えるので分かりやすいのですが。 宇土越について、少し調べてみました。

Googleマップを見ると、里美トンネルと烏帽子岳の中間辺りに下宇戸という町があります。 佐世保市下宇戸町という地名なのですが。 これに対する上宇戸とか宇戸という地名は出てきません。 そこで、地理院の地図を開いてみました。 最近、googleマップは、情報が少なくなっているので。

調べると、上宇戸は、里美町字上宇戸という地名で残っていました。 佐世保側から見て、里美トンネルの手前で左側の高地の部分でした。 こうしてみると、この地域は、里美と並んで、宇戸という地名があった事は伺えます。 つまり、宇戸は地名、宇土は峠名として、変化した結果なのでしょうか。 やっぱり、この程度の調査では、推測を超えることは出来ませんね。

こうやって、地図を眺めているとオサエ峠が見えてきます。 地理院の地図には、オサエ越と書いてあります。 Googleマップには、同じ場所にオサイ観音と書いてあります。 ネットで調べると、オサエ越、オサイ越、オサエ峠、オサイ峠といろいろな呼び方をする様です。 しかし、観音堂は、オサイ観音とのみ。

最初に「オサエ越」という言葉で、考えてみました。 「おさえ」という言葉には、「按」という漢字があります。 押さえるという意味で、窪んだ場所という状態を示します。 山々が連なる場所を山越えする時に、窪んだ場所を選んで越える。 だから、按越という漢字を思いついたのです。 これで、オサエ越と読めます。

実際には、その様な場所は、山を解説する言葉として鞍部という言葉を使います。 鞍部は、鞍の形に山の間にある峠の形を指しています。 対して、按越は押さえて窪んだ場所という意味。 山々が連なっている所を押さえたような窪んだ峠という意味でも使えるかな。 でも、実際には、そういう使い方は見つかりませんでした。 誤用という意味ではなく、誰も使わない言葉だということですね。

調べを進めると、オサエの意味が見えてきました。 オサイ観音の由来です。 平戸松浦と宗家松浦の戦いの頃。戦国時代の話です。 宗家松浦は、平戸松浦に押されて、屈服することに。 宗家松浦の次期当主となる筈だった、五郎盛が有田の唐船城へ追いやられた。 納得が行かない五郎盛は、宗家松浦の飯盛城攻めを計画する。 それを知ったのは、宗家松浦の家臣である山本右近。 当主の危機を伝えるために、後にオサイ峠と呼ばれる山越えを敢行した。

山本右近は、5歳の勝之助と妊娠中の妻お才を連れて山越えしたのだが。 雪が降るなか、お才は、転んだ拍子に産気付いた。 そこで、木こりの家に、勝之助と一緒にお才を頼んで、先を急いだ。 そのお陰で、五郎盛の策略は失敗に終る。 事を終えた山本右近が木こりの家に戻ると、産後の出血で命を落としていた。

その後、しばらくして、悲しい女性の泣き声や人魂が出るなどの出来事が起きる。 お才の魂を鎮魂する為に、飯盛城と唐船城が見える地にお才観音を建てた。 これが、オサイ観音に伝わる伝承でした。 つまり、オサイ観音は、正しくはお才観音ということだったのです。

現在は、有田と佐世保を結ぶ峠は、上記の通りに国見峠と宇土越です。 しかし、当時は、もう一つその間の部分に峠が有ったのです。 現在は、ここに記載した故事により、オサイ越となっていますが。 そういう故事が起きる前から峠が有ったのですね。 当時の名称は、だれか調べたのだろうか。 ネットでは見つかりそうもありません。

と書いてみました。しかしよく考えると、少し違って見えてきました。 上記の故事で、「飯盛城と唐船城が見える地にお才観音を建てた」と説明されています。 つまり、実際に越えた峠がどこに有ったのか。 木こりの家があったのは、この地で無いだろう。

実際は、宇土越を越える時に起きた故事。 城が見える場所に観音堂を建てた。 その場所を間違えてオサイ峠と呼ぶようになった。 信じるか信じないかはあなた次第!

9月2日(月)

先週末から、私達が設置したネットワーク機器の障害が報告されていました。 設置した機器が故障という情報だったのですが。 週末の情報だったので、週明けの本日、朝から私が調査に行くことになりました。

本当に、大した作業では無いのですが。 ネットワーク技術者としては、初めての障害調査。 結論から行って、単なるチェンジニアなのですが。 1時間も掛からずに原因を特定。 早々に解決となりました。

ジャイアントパフボール 午前中の内に、会社に戻って、昼休みはいつもの様に公園に散歩です。 階段を登っていて、白いバスケットボールの様なものに気付きました。 なんだろうと、足で突っついたら、コロコロと転がっていきました。

周りを見ると、もう少し小さい2個程がありました。 キノコということは何となく分かります。 取り敢えずはと、写真に収めました。 一連の写真は、Instagram に掲載しましたので、ご覧ください。

調べると、このボールは、オニフスベというキノコだと分かりました。 その別称が面白い。ジャイアントパフボールは理解り易い。 その他、ヤブタマ、ヤブタマゴ、テングヘダマ、鬼瘤等と続きます。 まあ、特徴的なキノコということがよく分かりました。

9月1日(日)

今月は、2019年度上期最後の月、なのですが。 昨日に続き、そういう意味の話題は、特にありません。 粛々と今日の出来事を報告致します。

親戚にご不幸がありました。 高齢の方でしたので悲しみというよりは、盛大にお見送りという感じかもしれません。 若干遠縁なのですが、近くに居るので葬儀に参列しました。 と言っても、今日はそういう話ではありません。

香典袋の短冊をパソコンで打ってと家内が言ってきました。 市販の香典袋には、短冊が付いています。 しかし、何故か、香典袋1袋に短冊1セット。 結局、短冊を書き損じると、袋が使えない。 だから、短冊を作るついでにパソコンで打ってと言ってきたのです。

これが最初の話題。 何故、短冊を余分に添付しないのでしょうか。 香典袋本体に比べて、小さな紙切れの短冊は只みたいなものです。 書き損じを考えると、余分に付ける必要性は分かると思うのですが。 メーカーの方々は、どう考えているのでしょうか。 何も考えていないということかな。 まったく不思議としか言いようがない、と思いませんか?

さて、次の話題です。 付いている短冊には、香典とか霊前と書いてあります。 今回は、香典なのですが。 検索すると「香典」は簡略化した当て字で、「香奠」が正しいと説明されていました。 確かに、典に比べると奠の字は、書き難い。 しかし、もう一つ不思議な事が有りました。

付いている短冊には、「香奠」の「奠」の字の上の部分が跳ねた字体となっていました。 パソコンの辞書で調べると、そういう字体の文字はありませんでした。 ネットで検索すると、何時もの様に香典と香奠の事ばかりしか出てきませんでした。 でも、少し工夫して理由を突き止めました。

時代は、1980年前後の頃。 当用漢字等の検討の中で、この字体が検討されたとか。 その時に、「」等の字体に合わせて、冠部分が跳ねたとか。 それも、基本字体ではなく、楷書体のみで、明朝体は現代と同じ。 余りにも異様な取り決めなので、その後見直しされたとか。

現在販売されている香典袋には、折角「香奠」と書いてあるのですが。字体は間違いです。 「尊」の様に跳ねた字体は間違いで、「」が正しいのです。 また一つ、賢くなりました。




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