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2021年1月

1月31日(日)

浦頭引揚記念平和の像 幸いにも海風の国観光マイスター ゴールドに合格しました。 偶々なのですが、観光案内する事になるかもしれない観光ルートを見ていて、浦頭引揚記念資料館 が観光ルートの一つに入っていると知りました。 佐世保の観光地の殆どは行った事があるのですが。 ここも抑えておこうと来てみました。

かえり船歌唱碑と浦頭港 浦頭引揚記念資料館の奥に有るのが、浦頭引揚記念平和の像です。 資料館は、高台にあり、そこから浦頭港が望めます。 浦頭港から登りあがった所にあるのが、「かえり船」田畑義夫 歌唱碑です。 資料館の前から港の望んだ写真が左の写真です。写真の右側にあるのが歌唱碑です。

浦頭引揚は、戦争終結5年後頃に中国などに残された日本人が引き揚げてきた場所。 博多が一番多く、1,392,429人。浦頭は、次いで1,391,646人と記録されています。 3番目の舞鶴は66万人。全国で18の引揚場があったとのこと。 多数の引揚者を受け入れるのに、どんな苦労があったのでしょうか。 資料館にその内容が展示されています。是非、ご覧ください。

引揚第一歩の地の碑 3枚目の写真は、引揚第一歩の地を示す記念碑です。 海岸沿いにあります。 その対岸に浦頭国際ターミナルがあります。 昨年の8月に完成したのですが、コロナ禍の為に供用保留。 巨大施設が新型コロナウイルスの鎮静を待ち兼ねていました。

所で、浦頭引揚記念館の写真が無い事にお気付きでしょうか。 実は、平和の像をバックに記念館の写真も撮ったのですが。 到着した時は、記念館に誰も居ませんでした。 持参したお昼ご飯を食べていたのですが。 その間に、どんどん客が増えてきました。 それで、写真を撮った時には記念館の前に車がずらり。 修正して載せようかと準備はしたのですが、諦めました。 平屋の普通の建物です。行った時に見てください。

大崎公園の展望台 記念碑から海岸沿いに向かうと、ターミナルの写真が撮れるかなと向かってみました。 結果的に良い写真は撮れなかったのですが。 大崎公園という案内が有ったので、上ってみました。 海岸沿いの小さな岬が、標高181mの高台となった場所。 そこに展望台が有ったので、上ってみました。 ご覧の通りに特徴的な展望台なのですが。 回りの木々で全体像がよく分かりません。悪しからず。

佐世保港の入り口 ここからの展望は約200°の大パノラマで、普通には凄い展望なのですが。 残念ながら、遠景も木々が邪魔して景観はあまり良くはありません。 ただ、佐世保港の入り口が見えています。 右の写真は、パノラマの真ん中辺りを切り取ったもの。 佐世保市の俵ヶ浦半島と西彼半島に挟まれた狭い海峡です。 佐世保湾のみでなく、大村湾もこの中です。 広大な湾の入り口という意味で見ると面白いかもしれません。 また、木々を無視すると、西彼半島から烏帽子岳までの風景も分かります。 トップページで寂しい公園からの展望として紹介致します。

浦頭国際ターミナル もう少し散策と、大崎公園とは反対側の海岸沿いを走ってみました。 戻りに、浦頭国際ターミナルの全容が良く見える場所がありました。 あまり綺麗でもないので、ここでのみで紹介しておきます。

最近、パソコンの日本語変換で苦労しています。 google日本語が人気なのですが。 マイクロソフトがOSと一緒に提供するMS-IMEとの比較です。 今日のgoogle日本語の動作が最低でした。

佐世保市の観光の記録として、立神係船池と変換しようとしました。 「けいせんち」変換。「京千地」と出てきます。既に漢字一文字づつの複文節変換状態です。 仕方がないので、「けい」部分を変換して、「係」が出て来たのは45番目位。 何だこれ!と思いながら、次の「千」では、30番目程で「船」になったのですが。 なんと、最初に選択した「係」が「京」に変わっている。 仕方がないので、頭に戻っても、また45回程度の変換キーを押さないといけませんでした。 係船池と変換するのに、100回以上も変換キーを押す。 変換するワードに寄って、google日本語とMS-IMEのどちらも、同様な動作となります。 完全に利用者をバカにしているしか思えません。頭にくる。

愚痴でもって、今月が終わります。 月初に書いたように、タクシー業務だと、思うようにブログも掛けない日が続いていました。 コロナ禍で自宅待機となって、再開はしましたが。 こういう生活がいつまで続くか。話は続く・・・。

1月30日(土)

家内のスマホに、後200MBでステップが上がると案内が届きました。 事前に、OCNのSIMを使って実験していました。 家内の使い方だと、1ヵ月に頑張っても200MB程度。 第1ステップの1GBは超えないと断定してスマホに変えたのですが。

理由については、1月7日に説明していました。 らくらくスマホだと、WiFiでLineが使えない。 そういうことで、WiFiを止めていたのですが。 その間に、初期設定で相当量の通信が発生してしまった。 気付いた時には、800MBに達していたという次第。

説明の通りに普通に使っても、残りの200MBを使い切ることは無いのですが。 念の為に、画面での通信量の確認方法を説明して備えました。明日迄の注意です。

今日は、血圧などの薬を貰う為に病院に行って来ました。 2ヵ月に1回なので、特段の話ではないのですが。 薬局の領収書を見て、不思議に気付きました。

額としては、70円で大したことも無いのですが。 前々回、前回と比較して、薬代の額が減ったり、元に戻ったりしています。 そこで調べてみました。

明細を見ると「後発医薬品調剤体制加算1」 「後発医薬品調剤体制加算2」が違っていました。 調べると、ジェネリックの処方量に関係していました。 薬局全体で、ジェネリック薬を多く処方すると報酬が増える。 少ないと減るという仕組み。月毎に評価されるという仕組みでした。

要するに、前回の処方時には、その前のジェネリックの処方が少なかった。 その為に、70円が安かったのだが。その前と今回は、達成して高かった。 そんなことを気にする患者はいないのかもしれませんが。 何となく、面白い仕組みだと感じました。 安いジェネリックを沢山処方すると報酬が増えるというのです。 当然の仕組みとも言えます。

1月28日(木)

1月15日海風の国観光マイスター ゴールドを受験したと報告しました。 来ました、その結果が。ギリギリとの点数が記載されていましたが合格です。 晴れて正式な海風の国観光マイスターとなりました。

ネットニュースで不織布マスク警察が騒ぎとなっていました。 布マスクでは、ウイルスは防げないと騒いでいます。 それに啓発されて、布マスクをした方々を攻撃する馬鹿者が居るというニュースです。

昨年から何度も説明していますが。 マスクは、感染した方が、外にウイルスを出さない機能。 それから、他人からウイルスを受けないという機能があります。 しかし、実際に機能を果たすためには、相当に難しい操作が必要です。

自分が感染者だと想定すると、他人に移さない為の操作。 マスクの内側のみでなく、自分の口や目などを触った手で、ドアノブなどを触らない。 そもそも、感染を知らないとそういうことはできないのですが。

感染していない方は、マスクの外側を触ったら手を洗わないといけない。 外出から帰宅したら、マスクは、外側に触らない様にして始末する。 露出した体の全ても叩いて、ウイルスを除去する。手、顔の洗浄は言うまでもない。 NHKでの解説は、マスクの始末に逆の事を説明しているので、滑稽とも言えます。

問題は、そういう事を完全に実施した上で、不織布マスクが云々ということは反対しません。 しかし、そういう事を完全に理解している方がどの程度いるのだろうか。 私は断言します。不織布マスク警察がそういう事を理解していないと。 まったく、頭が悪い人間が多過ぎる。恰も、アメリカ人の様に(驚)!

1月26日(火)

新型コロナウイルス感染者、この3日間で増加。 このニュースは、何を言っているのだろうか。既に1年間もの間、繰り返しています。 土曜日から月曜日に掛けて減少。火曜日には増加する。 当然の事を、さも大事の様に報道している。

自らの存在意義の為に、新型コロナウイルスを報道するしかないマスコミとは分かるのですが。 意味がない恐怖感を煽って、どう言う意味があるというのでしょうか。 私には、悪意が有るとしか思えない。

1月25日(月)

広報させぼに載りました 海風の国観光マイスターの認定。 先日、試験を受けたゴールドは、まだ結果は出ていません。 しかし、12月に合格したシルバーで合格者の声を求められて原稿を提出していました。 なんと、広報させぼという市の雑誌に私の写真が掲載されました。

佐世保市長と一緒にハイチーズ 事務局は、佐世保観光コンベンション協会です。 12月25日がシルバーの認定書授与式でした。 協会の担当者から、原稿の依頼と共に写真の提供を求められました。 良い写真を持たない事と共に、タクシーに乗った写真を撮って頂けないかと尋ねてみました。 そうやって撮って頂いた写真での掲載でした。 広報させぼは、佐世保市のホームページからダウンロードできます。 興味がある方は、ご覧ください。

ピコ太郎氏も驚いた「PPAP全面禁止」、3分でまるわかりPPAP』というニュース。 短期間、一世を風靡したピコ太郎のPPAPではありません。 日立製作所が命名し、日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)が本格的の乗り出したセキュリティ対策のこと。 世の中に浸透し始めたらしいのですが。 少々、視点を変えると違った事が見えてきます。

PPAPは、次の略語と解説されていました。
Password付きZIP暗号化ファイルを送ります
Passwordを送ります
Aん号化(暗号化)
Protocol(プロトコル:手順)

一時期、メールでファイルを送る時の常識だった方法に命名したというのです。 つまり、送るファイルは、暗号化して送る。 開くためのパスワードは、別のメールで送る。 その何が悪くて禁止なのでしょうか。

問題は、その暗号化を逆手にして、悪意を持った人がウイルスをばらまくというのです。 なるほど、そういう理由なら、禁止しても良いと思う人も多いとは思いますが。 そもそもを考えると、殆ど意味が無いと分かります。

指摘の問題点の本質は、メールを受信した人が不用意にメールを開封することにあります。 PPAPを禁止しても、この態度を改めなければ、何も解決しません。 所謂、不信なメールは開くなです。 こんな簡単な事ができない方は、どうやっても引っ掛かってしまいます。 新任の平井デジタル改革担当大臣が大々的に問題視したと説明されていました。 まだまだ青い。

1月24日(日)

私の知人がFaceBookに、「KY行動」と書き込んでいた。 ん?危険予知活動? 調べて思い出しました。

空気が読めない行動の事でした。 2007年に新語流行語大賞 にノミネートされた言葉だといいます。 言い替えると、13年も昔に流行った言葉。 困ったものだ。真剣にKY活動をしていると、紛らわしいのです。 まったく、どうでも良い話でもあるのですが。

1月22日(金)

先日、大学入学共通テストで、鼻出しマスクが問題となりました。 今度は、二階幹事長も鼻出しマスクで会見したと騒いでいます。 この事件は、まったく滑稽な話だと思っています。 テレビで報道される市民インタビューを見ると良く分かります。 インタビュアーも気にしていないし、その報道には誰も何も言わないのです。

この事件の本質は、多分、誰も理解していないと思います。 良い例が、朝のNHKテレビで説明されるマスクの使い方の内容です。 鼻の横や頬、顎から漏れない様にピタッと付けるというのは正しい。 使い終わったら、口に面した部分を触らない様に閉じて廃棄すると説明しています。 大きな間違いです。

帰宅して、マスクを外すときに問題となるのは、外側に着いたウイルスです。 内側にウイルスが着いているということは、既に感染者ということです。 自宅でマスクを取り外す時の注意は要らなくなります。 まったく、真逆な事を説明しているのです。 感染していない方は、マスクの外側を気にしないといけないのです。

そういう事を知らずに鼻マスクが問題だというのだろう。 しかし、今回の出来事で、私は信念を曲げざるを得ないと分かりました。 大事な事を理解していない人に限って、他人のマスクが気になるのです。 お店などで、マスクをすると決めました。私の信念に反するのですが、止むを得ません。

この所、新型コロナウイルスのクラスターを出した高齢者施設の映像がテレビで良く流れてきます。 私は、相当な憤りを覚えます。 自ら名乗りだして、さらなるクラスターの拡大を防ごうとしている施設なのです。

感染者情報には、酷いものが多いと感じます。 年齢非公開、性別非公開、職業非公開、住居佐世保市と、発表する意味が全くありません。 何が、この情報から得られるというのでしょうか。 それに対して、この高齢者施設は、悪評覚悟で発表したのです。

感染者数が増えても、必要以上に騒がなくても良いのですが。 マスコミは、それに反して、大々的に悪評を広めようとしている様にしか見えません。 何時もながら、マスコミの悪意は、困ったものです。

1月20日(水)

寒い日が続いています。出勤で出発した時刻。 車の外気温を示すメーターが−1℃を示しています。 乾いた道路だったので、特に問題なしでしたが。

出勤して間も無く、驚きの説明がありました。 最近、新型コロナウイルスの感染者が増えています。 その結果、タクシーの利用客が激減していました。

昨年の4月16日と同じ処置をするというのです。 つまり、行動自由の自宅待機。そして、給与は最低を保証する。 当時は、売上が望めないので歓迎していました。 その後、ある程度給料も上がったのですが。 このところの売上では、元の木阿弥となっていました。

今日は、何時もの様に深夜まで営業しましたが。 明日から自由な自宅待機が始まります。 不謹慎にも、ラッキーと言ってしまいました。

1月19日(火)

東北道だ130台もの車が立往生したとニュースになっています。 その中で、大型貨物車を含む数十台が絡む多重事故が起きたと報じています。 そして、問題の発言です。 『ホワイトアウトが原因でしょう』と。

私は、随分前から、フォグランプの使い方が成っていないと指摘しています。 ヘッドランプの上向きと同じ方向を照らす様に取り付けている人をよく見かけます。 これだと、折角の霧対策が無効になります。 深い霧の場合、ヘッドライトが霧を明るく照らすので、視界が悪くなります。 その為に、霧の先が見えなくなる。 だから、フォグランプは、低めの方向で温かい色のランプを照らすのです。

正しく装着されたフォグランプを使用し、ヘッドライトは消す。 そして、適切に速度を落とせば、その車自身は、事故を起こすことが無くなるのです。 全員が、そういう行動を取っていれば、ホワイトアウトは怖くない。 つまり、原因は、まったく違うところにあるのです。

速度の出し過ぎとフォグランプの使い方を知らない。 これが、多重事故の真の原因なのです。

スマホの恐怖を実感した日となりました。 いろいろな設定を終えて、普通に使い始めたのですが。 頻繁にピンポンといった音が鳴ります。 不要なメールも沢山きます。 当然の様に、そういう通知類を抑止する設定はしたのですが。 一向に収まる気配がありません。 そこで、ドコモに電話して質問してみました。

最初は、私が既に実施した内容を一つ一つ丁寧に説明してくれたのですが。 当然ながら、まったく意味がありません。 その担当者は、段々と核心部分を理解してくれたのですが。 最後に受けた説明に絶望しました。

『(ほぼ無限にある)全てのサービスを一つ一つ設定で停めてください』というのです。 スマホにしなかった理由が的中。諦めるしかない。 世の中のスマホを使っている方を見るとよく分かります。 ゲーム、SNS、スポーツの話題。 趣味が合っているなら仕方が無いのですが。 寂しい方が多いのです。 その煽りを受けてしまった(悲)

1月18日(月)

変異種コロナ、市中感染か 静岡の3人、初の経路不明』 共同通信が流したニュース。 英国で発見された新種の新型コロナウイルスに関するニュースです。 静岡県で3人が感染したのですが、英国滞在歴がある人との接触も確認できないとされています。 それに続く文章が滑稽でした。 『市中感染が起きたかどうか調べている。不特定多数とは接触していない。

分かりますか? 『市中感染は、不特定多数と接するから起きる』 ごく普通の常識だと思うのですが。 このニュースは、何を言いたいのでしょうか。 行政がそういう事をしているから、治まるものも治まらないでしょう。

1月15日(金)

海風の国 観光マイスターのゴールド認定試験の当日です。 緊張の中、何とか熟したのですが、何とも自信がない。 全くの他人が私の行動をどう評価するか? ある程度、準備した通りにできたのですが。 後半で早口となってしまった事は気付きました。結果オーライ!

帰宅して、夜のテレビ番組で少し不思議を感じました。 クイズ番組で「省みる」の送り仮名が問題となっていました。 まあ、常識のレベルかどうかは別にして。

省みる、省みない、省みた、省みる時、省みれば。 送り仮名の原則は、活用語尾を送る。 つまり、語尾変化をする部分を送り仮名で補うのです。 変化しない部分は、送り仮名にする必要がない。

不思議に思ったのですが。 ネットで検索しても省みるについては、まったく情報がありませんでした。 どうでも良い話ではあるのですが。 私の性格としては、納得できない。 とりあえず、おかしいと主張しておこう。

1月14日(木)

いよいよ、海風の国 観光マイスターのゴールド認定試験の前日となりました。 ストーリー建てをして、ストーリーとして覚える。 それを、例えば家内を相手に語る。 段々と慣れてきました。

家内には、本番と同じ、8分が経ったら合図を出してとお願いしてから開始しました。 8分間程度で話し終わるはずとなったのですが、中々合図が出てこない。 予備のストーリーを続けるのですが、それも尽きました。 家内にまだかと聞いたら「忘れていた」と。 それほどに聞き入ってくれていたようです(笑)

その他の調査も念入りでした。 弓張岳展望台を紹介するのですが。 どう話が転ぶか分からない。 そういうことの為というのもあるのですが。 元々は、こういう情報を調べることも好きです。 ちょっと、調べた事を簡単に紹介します。

弓張岳展望台の近くに鵜渡越展望台があります。 時代は大正の初期。まだ、佐世保に展望台と呼ばれる場所はありません。 伊万里で畜産業をしていた松尾良吉(りょうきち)が、山道を登って鵜渡越からの景色を発見。 これが、九十九島観光の先駆けとなった史実は、しばらく前から仕入れた知識でした。 鵜渡越展望台は、1月11日に紹介しています。

タクシーのお客様から「桜道を知っていますか」と時々聞かれます。 今は知っているのですが、鵜渡越までの登山道に関わっているとは知りませんでした。 上記の松尾が鵜渡越に登った道が桜道。 現在の御船保育園から御船町と神島町の境界付近を登る急坂です。 丁度、鵜渡越町に入った辺りが急で、勾配が30度くらいかなという感じです。

鵜渡越町に入って間もなく現在のバス通りを横切るのですが。 そこから鵜渡越展望台に至る道は、扶老坂と呼ばれています。 佐世保鎮守府司令長官を務めた財部彪大将が、母に九十九島を見せるために背負って登山したという故事。 それでそう呼ばれることになったとか。 松尾は、桜坂から扶老坂を抜けて、鵜渡越展望台を開拓するのでした。

佐世保市営バスが鵜渡越峠までのバス路線を開通したのが、 昭和7年だそうです。 それまで、鵜渡越展望台までは、桜道、扶老坂を歩いて登るしかなかった。 この路線の開通は、佐世保市営バスが開業して5年目だったそうです。 それほどに、鵜渡越展望台観光が重要視されていたと言われています。 その為に、桜道、扶老坂が廃れたとも解説されていました。

尤も現在は、桜道と扶老坂の間にパス路線があり。 桜坂は、住宅街の間を縫って走っています。 戦後の開発の結果でしょう。

1月11日(月)【成人の日】

全国的に成人の日で祝日です。 でも、タクシードライバーに取って祝日は、まったく関係がありません。 偶々、昨日の勤務明けでお休みという仕組み。 実は、昨日が公休日で2.5連休というのが実態なのですが。 段々と慣れてきました。

鵜戸越展望台からの眺め もうすぐ、海風の国 観光マイスター ゴールドの認定試験があります。 展海峰展望台と弓張岳展望台が課題と分かっていました。 展海峰展望台は何度も行ったことが有るので、殆ど心配ではありませんでした。 しかし、弓張岳展望台は、行ったのが1度だけ。 少し気になったので、行ってみることにしました。

行く途中で、鵜戸越交差点に、鵜戸越展望台への案内が出ていました。 九十九島八景の一つである、鵜戸越展望台です。 伊万里の実業家の松尾良吉が九十九島の絶景を発見した場所。 九十九島が観光地として発展する礎となった場所でもあります。

鵜戸越展望台 鵜戸越展望台は、ご覧の通りの木造で小ぢんまりした展望台です。 時は、大正9年(西暦1920年)。昭和天皇が皇太子だった頃に九州巡業をしていました。 佐世保に寄ることが決まった後、突貫工事で完成させたと伝えられる展望台です。 残念ながら、当日は大雨で、皇太子の登山は中止になったとか。

弓張岳展望台からの眺め 弓張岳展望台は、一度来たことは有ったのですが、改めて、いろいろと見てみました。 ここに載せた写真は、普通の画角の写真ですが。 トップページに、鵜戸越展望台と合わせてパノラマを乗せました。 第二展望台からだと、左の烏帽子岳から、九十九島の風景に、相浦まで見えます。

パノラマの写真で紹介しておきます。 左から烏帽子岳佐世保の市街地佐世保湾俵ヶ浦半島九十九島相浦港相浦富士(愛宕山)と続いています。 海岸沿いには、海上自衛隊 倉島岸壁佐世保港国際ターミナル佐世保港米軍佐世保基地立神係船池佐世保重工業の造船所と続きます。 佐世保重工業は、SSKの略称で呼ばれています。 創業当時の佐世保船舶工業の略ですが、今でも佐世保人はそう呼んでいます。 遠くには、九州のマッターホルンと呼ばれる虚空蔵山ハウステンボス旧佐世保無線送信所の巨大電波塔3本、 西彼半島の虚空蔵山展望台、 西海市大島町に繋がる大島大橋黒島高島 などが見えます。 写真の遠景は、よく見ても見えないかもしれませんが。

弓張岳展望台 弓張岳展望台は、戦時中まで観光施設としての整備はされませんでした。 戦時中に軍用道路と高角砲台が有った事から、観光地としての開発が進みました。 詳細は省略しますが、この眺めから、観光地として流行ったと思われます。

弓張岳展望台の弦月形の屋根 佐世保市の九十九島は、1955年に西海国立公園に指定されました。 その10年後の1965年に、10周年記念として、弓張岳展望台が整備されました。 その結果設置されたのが、弦月形の屋根を持つ展望台です。 建築家でデザイナーの坪井義勝博士の設計により建てられたそうです。 ところで、弦月状とは、佐世保市がこの展望台の解説に使っている用語です。 弦月とは、半月という意味なのですが、外観に合っていますか? 私は弓月が合っていると思っています。 弓張岳に弓月。良いでしょう!

観光マイスターの試験勉強としては、かなり重い観光だったのですが。 そうやって、展望台の斜路の形状とか。 第一展望台から九十九島の風景が見えるかなど。 いろいろと知識を深める事が出来た日でした。

1月8日(金)

天気予報で全国的に超寒波が襲うと言われていました。 朝、出勤する時は、外気温がマイナス2℃でした。 スタッドレスタイヤを履いていましたが。 毎日使っている山道は止めて、国道で会社に向かいました。

国道に出てびっくり。皆、ノロノロ運転をしている。 佐世保の人は、凍結道路に慣れていないとは、想像通りだったのですが。 三車線の道路を横並びでノロノロ運転には、驚きでした。 当然ながら、隙間を縫いながら、追い越しして会社に向かいました。

自分の車は、スタッドレスを履いていたのですが。 タクシーも対策が必要。一応、雪には、スパイクタイヤとなっていたのですが。 スタッドレスも有るというので、迷わずにスタッドレスタイヤを装着しました。 久し振りのタイヤの交換で肩が痛くなるのですが、こればっかりは致し方が無い。

昼間は、時折強い雪も降りました。 でも日差しもあり、朝積もった雪も融けて、普通の道だったのですが。 夕方、日が陰ると、段々と降る雪が積もる。 路面も凍結するという状況となってきました。

昼間、凄く気になった事がありました。 まったく雪が無いのに、スパイクタイヤを履いたまま走っているタクシーが多い。 もちろん、他社なので、文句も言えないのですが。 帰宅後に調べると、明らかに法令違反でした。

また、SSKバイパスという高規格のバイパス道を通った時の話。 私は、半凍結の道路をそれなりに走っていたのですが。 個人タクシーが追い越ししていきました。

個人タクシーは、生活が掛かっているので仕方が無いこともあるのですが。 雪道に慣れた私が怖いと思うスピードで飛ばしていました。 客は、乗せていなかったのかもしれませんが。 ちょっと、怖い話だと感じた次第です。

凍結 佐世保の繁華街 夜中に入ると、完全にアイスバーン道路となってしまいました。 写真は、一番繁華な下京町塩浜町の眺め。 正面の小道は、夜店公園通りという通り。 左手に見えるのが、サントリー ル.グランパレ ビルというビル。 正面の先に見えるのは、ライオンタワー。 写真には無い、山県ビルと合わせて、佐世保市の歓楽街を代表するビルです。

少し前後しますが、雪道を考慮していない佐世保の道で少し苦労がありました。 殆ど凍結した道、佐世保らしい坂とか、1m程度の段差に設けられた坂道。 分かっているので、反動を付けて乗り越えました。 分かっているお客様からは、凄いの掛け声。 3回程、私も苦労しました。

夜の22時頃からトラックを見かけました。 凍結で追突した車を運ぶトラックです。 私がタクシーで走っている間だけで、3回程見かけました。 流石の佐世保、大変だった様です。

結構、お客様もいらっしゃったので、帰宅路についたのは、夜中の3時頃。 国道を走っているとパトカーの集団がいました。 国道でスリップして、道の真ん中に止まった車を囲っていました。 流石、佐世保人。朝も、行儀が良いと関心したのですが。 滑るのもうまい(笑)

1月7日(木)

この日のブログを書いている時点で先月のブログは報告していないのですが。 先月に海風の国 観光マイスターという佐世保市の観光案内の認定を取りました。 先月の内に、知識を試す認定試験でシルバー認定の資格を取得しました。 次の段階が、接客の技術を試すゴールド認定にチャレンジです。 ゴールド認定の試験日は、1月15日です。 本日は、佐世保タクシー協会が開催する勉強会に出席しました。

観光地は、展海峰展望台弓張岳展望台の2か所。 10分間以内に主要な観光要素を説明する。接客技術も問われる。 それなりに準備はしていたのですが、なかなかうまく行きません。 そういうことで、試験日の前日は有給休暇でさらに深い準備をすることにしました。

そういう、試験勉強が必要なタイミングでしたが。 家内に準備したらくらくスマホがうまく動いてくれないので暫く時間を使いました。 自宅では、WiFiが使えるので利用しています。 しかし、WiFiで繋ぐと、Lineが動作しないのです。 孫との大事な連絡手段が使えない。

いろいろと試して、無理だと断定しました。 元々使っていたFreetelのスマホでも問題ありません。 私のF-01Kでも問題ありません。 らくらくマホのみ、そういう使い方ができなかったのです。

機械音痴の家内には、無理だと思ったのですが、 家内がGalaxy A41にチャレンジすると言ってくれました。 立ち上げてみると、以外にスムーズに使っている。 なんだか、無理にらくらくホンにしていた事が無駄だったという驚きです。 そういう事で、ただで貰ったGalaxy A41が活躍し始めました。

1月3日(日)

長く使ったガラ携を諦めて、スマホに契約変更をする日。 ドコモショップは、予約が必要と年末に予約しておきました。 2016年の3月20日に事前調査としてドコモショップに行きました。 当時は、ドコモのまったく危機感が無く、月の費用が7000円と言われて断念していました。 あと、5年でガラ携が使えなくなるというのも理由の一つでしたが。 データ専用に揃えたFREETELのスマホが不調となったのが、直接の理由でした。

今回は、かなり用意周到でした。 元々、家内がらくらくホンで、新品は高くて買えない。というか、そこまでの必要性が無い。 私は、高機能が良いのだが、もちろん、そんなに費用を掛けたくない。 そこで、オークションで本体を揃えていました。 ドコモへの質問を含めて、半年以上を掛けた準備でした。

私は、富士通のF-01Kというタイプ。 一応、その時代のフラグシップ機、つまり高機能スマホ。 前後に出た機種と比較しても、機能的には十分なものでした。 家内は、らくらくスマホで比較的に新しいF-01J。 事前に確認して、持ち込みでSIMのみの契約と決めて予定しました。

事前にドコモショップの店員から手続き内容の確認がありました。 事情を説明すると面白い提案がありました。 現在、スマホの変更手続きには、Galaxy A41が付いてくるというのです。 SIMのみの契約と比較して、スマホ買換えが同じ費用でできる。 スマホの予備としてお納めくださいという感じでした。

ということで、家内と2台のガラ携をGalaxyに変更する手続き。 1時間では終わりませんでした。 その間、電話もメールの使えないと家族に伝えて望みました。 とりあえず、切り替えは成功です。つづく。

私は、前からLED電球の寿命は長くないと主張してきました。 実際に私の家のダイニングのシーリングライトが壊れました。 2年半前しか持ちませんでした。 ランプではなく、駆動回路の故障は、症状を見ると明らかです。 私が想像した通りの展開です。

電球色から昼光色まで、明るさと発光色を調整できるタイプ。 昼光色を支える青色に発光するLEDの駆動回路が壊れた事は確か。 20個程のLEDが一部のみ光って、半分くらいは点いたり消えたり。 昼光色から電球色近くまでは、暗いまま。 最後にパッと明るい電球色に切り替わるという具合。 電球色の制御もちょっと変ですね。

私が使用する部屋は、殆どシーリングライトは使っていませんでした。 電球色が使えるならと、交換。 急がないので、当面はそれで凌ぐことにしました。 想像通りに、寿命が長く無いLEDランプの報告でした。

1月2日(土)

今年初めての出勤日。今年初めてのタクシー営業走行でした。 朝から、MG何とかに行くかい?と聞かれました。 それ何ですか?何となく話が噛み合いません。 そんなこんなで、タクシーに乗って出発したのですが。

暫く、天神町付近を走っていると後15分間で南風崎町まで行くような配車指示が入りました。 最終的に行先は、別途、データでナビゲーションに届くはずでした。 しかし、どう見ても間に合わないと思いつつ。 ちょっとスピードを上げて向かいました。

結果的に間に合わず、到着前に取り消しとなったのですが。 無茶な配車にびっくりでした。 でも、続きがありました。

近くで待機するような指示があって、待っていたのですが。 ナビゲーションの配車で最初と同じ所に向かいました。 なんと、ハウステンボスの職員のお迎え。 それも、ハウステンボス○○団の出演者です。 何とも、楽しいお客様だったのですが。さらに続きます。

朝にちゃんと説明してくれればよかったのですが。 配車で場所を指示されただけ。 どこまでお連れすれば良いのか。 会計手続きは、どうすれば良いのか。 私が所属する会社のいい加減さに振り回された時間でした。

月暈 勤務は、夜中の0時45分までがノルマ。 当然に様に1時過ぎまでは営業運転するのですが。 今日は、夜中の1時を過ぎても2組のお客を運びました。 片付けを終えて、帰宅したのは、2時45頃でした。

自宅の駐車場に車を止めて見上げると不思議な光景が広がっていました。 後で調べると月暈という現象です。 月の周りを月明かりが大気に反射して暈が光っています。

持っていたコンデジでは、画面に入らないので、一旦帰宅して、一眼レフカメラを持ち出しました。 超広角のレンズで撮影した写真です。 まあ、ネットでは月暈の写真は、いくらでも出ていますが。 自分で見た光景の記録としては、嬉しい限り。 1月2日のブログですが、1月3日になってからの出来事です。

1月1日(金)【元旦】

明けましておめでとうございます。 今年もよろしくお願い致します。

本格的にタクシードライバーとなって、始めての正月を迎えました。 本格的かどうか、昨年は分からなかったのですが。 昨夜から今朝未明まで、タクシーの営業運転をしていました。 そして、今日の起床は、11時頃。これがタクシードライバーの運命。 今年は、偶々正月は明け休日だったということです。

同様に私にとっての新年は、いつから始まったのか?。 午前0時は、お客様を下ろしてすぐ。 まもなく次のお客様を乗せて、中距離乗車。 仕事を終えたのは、夜中の2時を過ぎていました。 開き直って、目が覚めたタイミングを新年としました。

私は、2008年の正月から、元旦に朝日を撮影。 殆どの年は、日の出の時刻に写真を撮って掲載してきました。 昨年は、日の出というより、朝日が差す山々の写真にとどめたのですが。 今年は断念しました。昨年末に撮った雪山の写真でご挨拶。

今日の時点でこのブログの掲載は中断していました。 昨年の5月14日の記事が最後となっていました。 実際にタクシードライバーの正式勤務が始まるとなかなか辛い。 月2回の公休日は、相当に楽なのですが。 普段は、一日置きの午後のみが自由という生活です。まだ慣れていません。

そういうことで、それ以前の様なブログ更新は望めないのですが。 なんだか中途半端な中断は、私の主義に合いません。 そういうことで、報告内容は、特に大きなイベントを中心にしたいと思います。 まだ、書き始めたという状況にはありませんが。 ボチボチと継続する方向に修正していきたいと思います。 そういう意味でも、よろしくお願い致します。




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